東方永夜第三幕最終場 エピローグ

其の壱(幻想の結界組編)


 人間の里のはずれ、彼女はひっそりと佇んでいた。


 長い長い間、彼女は人間の里を護ってきた。
 ずっと一人だと思っていた。そして、これからも一人だと。
 でも、それは間違っていたらしい。
「人間と人間の里を何処へやったの?」
「人間を里ごと消している妖怪を見逃す訳にはいかない」
博麗の巫女は毅然としてそう云った。
 ああ、幻想郷にも人間や人間の里のことを気に掛けている者
は居たのだ。
 暢気なのか真剣なのか、よく判らない巫女の顔を思い出し、
慧音は笑った。何故か心の底から楽しくなった。
 こんな気持ちになったのは何百年ぶりだろうか。……いつか
あの人間の元を訪れてみよう。
 珍しくそんな気持ちになった。


 だがそこで、ふと境界の妖怪の言葉を思い出し、彼女は少し
首を傾げた。それは記憶の底に在る何物かに引っ掛かり、ちり
ちりと彼女の心を焦がした。
 そう、嘗て何処かで同じような会話を……。


「ねぇねぇ、慧音。あなた半獣なんでしょ?」
「満月じゃなければ人間だ」
「人面樹とかアツユとかと大差ないわね」
「何故顔だけ殘して變身する必要があるんだよ。變身は全身だ」
「牛頭馬頭とか、頭だけ獣に變身」
「……はあ(苦笑)」


 あれは、遙かな昔、里の入口の小さな境の神、岐神の声……。
 共に人間の里を見守っていたあの頃――。
 閉じ込めていたはずの冥く暗い過去が溢れ出す。
 真逆、あの境の妖怪は総てを識っていて――。

 嗚呼、もう一度あの頃に戻れるなら。
 しかし、彼女は小さく頭を振ると僅かに歪んだ月をしっかりと
見据え、暗い影を心から振り払う。そして静寂の中に沈む人間の
里を見遣り、慧音は思う。
 私には為すべきことが、守るべき人々がいる。
 それが自分で決めた倫なのだから。


 彼女は再び歩み出す。


 頭上の光は月か幻か、
 慧音は想う。
 夜明けは遠い、だが必ず来る。

(東方永夜抄第三幕 歴史喰いの懐郷 終幕)

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