東方永夜第三幕最終場 エピローグ

其の貳(夢幻の紅魔館組編)


 歪んだ月光の下、静寂を取り戻した夜の里に、彼女は居た。

 人間と妖怪の奇妙な二人組は、紅い疾風の如く訪れ、そして
通り過ぎて行った。

 慧音は想う。
 それにしても、あの人間の歴史を喰って仕舞わないで良かっ
た、と。律儀にナイフを拾い集めて先を急いだ垢抜けた従者を
思い出し、彼女は苦笑する。
 そして下を向いて自嘲気味に呟いた。
「こんな事では、人間の里を守ることは覚束無いな……」

 災厄とは如何なる形で訪れるか解らないものなのだ。それな
のに……。
 人間が相手だとどうしても全力で攻撃することができない。
 あの時、もう迷わないと決めたはずなのに……。


 そして垣間見たあの人間の過去を想い、慧音は思案する。
 きっとあの二人は”あいつら“の許へたどり着くだろう。そ
して異変は終わりを告げる。不思議なことに、何故かそんな確
信を持つことが出来た。
 だが、”あいつら“とあの人間とが出会った時―――。その
邂逅のもたらすものを、彼女は想像することが出来なかった。
 不吉な感じこそ無かったが、何か不安だった。
 それに、瀟洒なメイドの過去を、あの主人は知っているのだ
ろうか。

 完璧な人間と永遠に幼き妖怪、そして”あいつら“……。
 彼女たちは、いずれ総てを運命として受け入れるのだろうか。
それとも――。
 たとえ如何に運命を操ることが出来たって、時を止めること
が出来たって、過ぎ去った歴史を取り戻せはしないのに……。


「――運命は変えられないよ」
 紅い悪魔はそう告げた。

 そうかも知れない。慧音は想う。

 ……もし運命が天与のもので不変ならば、
 弱き人の子などには、それは如何にしても変えることはでき
ないだろう。

 だが、あらゆる歴史を見てきた彼女は識っていた。
 人は勝利も敗北も哀しみも乗り越えてきたことを。
 人は未来を信じ、運命を自ら切り拓けると信じている。
 いや、信じられるから人はこそ生きていけるのだと。
 たとえそれが儚い幻でも

 大丈夫、まだ自分の足で進むことができる。
 彼女は再び歩み出す。

 頭上の光は月か幻か、
 慧音は想う。
 夜明けは遠い、だが必ず来る。

(東方永夜抄第三幕 歴史喰いの懐郷 終幕)

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