れいせん考



 月の兎がなぜ「レイセン」と呼ばれるのでしょうか。
 「鈴仙」は宛字で、元は音のレイセンのみということなので、「れいせん」という言葉について、少し思うことを書いてみました。
 一つの見方、可能性ということで読んで頂ければと思います。
月に兎

 さて、「れいせん」という読みを持つことばは幾つもありますが、まず「醴泉」という言葉を取り上げてみたいと思います。

 本来、この醴泉(れいせん)という言葉は甘い泉を示すものらしいです。『荘子』や『淮南子』などに用例があったと思います。梧桐と共に鳳凰の食べ物だったりするわけですが。

 ところで、西王母の住まう崑崙山には瑤池と共にこの醴泉があると言います。さらにここで注目すべきは西王母の登場する伝説である嫦娥奔月です(『淮南子』、『捜神記』等)。これは不死の薬と月と関わる物語で有名なものです。弓の名人ゲイ(漢字が通常では表示できないので片仮名で書きます)の妻であった嫦娥(コウガ、[女亘]娥)が、夫が西王母から得た仙薬を盗んで飲み、月へ逃れて月精となったというものです。この西王母が与えた薬こそ不老不死の薬であったとされています。月の満ち欠けに生命の循環を見、死と再生を繰り返す不死のイメージをそこに託したのでしょう。
 そして、この西王母の不死の薬の源泉が、崑崙の醴泉だという解釈があるのです。そうすると、醴泉=不死の薬となる訳です。さらに、西王母の司る西の果ての世界は、月神と結びつけられることもあると言います。ここに月・兎・不死の薬、その何れとも関連持つ言葉としての「れいせん」が立ち現れてくるのです。

 ちなみに、酒あるいは甘い飲み物と不老不死について、上記以外にも類似の神話が世界各地に見られるのが興味深いところです。つまり、オリエントやギリシア・ローマ、さらにはインドの神話にもこうした甘い泉と不死の薬との深い関係をうかがうことができるのです。例えばローマ、オリエントで流行したミトラ教における不老不死の神酒ネクターがそうです。インドの神々の飲み物(神酒)である、アムリタ、ソーマもこの類です。これは仏典に取り入れられて「甘露」と訳されます。香り良く甘いもので、不老不死の霊薬とされます。つまり、これらと同じように酒や甘い水に関連づけられるこの醴泉が、不死の薬という性質を持っているという事は、極めてあり得る事なのです。加えて、ヴェーダのソーマも月との関わりが極めて深いものとされています。
 同じような聖なる泉の伝説は中国の仙山にもあるといいます。なお、霊妙な泉という意味では「霊泉」の表記も考えられます。

 一方で、「醴」の文字には甘酒(あるいは澄んだ酒)の意味があり、醴泉も単に酒を示す場合があります。日本でも酒の銘柄にこの“醴泉”を使用しているものがあります。だから単にお酒の名前から取ったという可能性もあります。

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 ここまでは醴泉について述べました。次にもう一つ言葉を挙げておきましょう。それは月の異称としての「れいせん」です。漢字では「霊蟾」と書きます。

 この文字を見るだけで意味は充分に了解されるとも思いますが、一応蛇足ながら述べておくと、“蟾”はヒキガエルのことで、古来月に棲んでいると言われている生き物です。不死となった嫦娥が月へ昇って変じたものとも伝えられます。
 カエルが何故ウサギになってしまったかについてはこちらでも以前少し触れましたが、要は漢字の誤りから始まったという事です。つまり、ヒキガエルを意味する“蟾蜍”を“顧菟”と表記しために、“菟”がウサギと認識され、ヒキガエルからウサギへと取り違えられたことから来たというのが定説らしいです。
 という訳で、ウサギとヒキガエルの交換はさておき、月に棲んでいる特別なヒキガエル(霊+蟾)という意味が変じて「霊蟾」が月を指すようになったのだと思われます。いわば玉兎と同じようなものですね。なお、蟾の文字自体も月に関連づけられ、蟾兎、蟾宮などは月を表しますし、蟾光といえば月光のことです。

 でも、そうだとすると、月の象徴の主役はヒキガエルからウサギへと変わったのに、そこに住んでいたウサギの名前にヒキガエルを意味する漢字が使われるという、なんとも複雑というか皮肉な感じになりますね。折角ですので、字典に載っていた出典を引用しておきましょう。
  「[韻府引、梅堯臣、詩]寶劍知終合、靈蟾已隕西」
 どうやら詩の一節のようです。読み下しは怪しいですが、多分“宝剣終に合すを知り、霊蟾已に西に隕つ”でしょうか。

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 以前書いたレイセン=醴泉(ここの一部)をもう一度言ってみたくて書いてみました(←半分嘘、偶々中国神話の本を見ていたら西王母の話を見つけただけ)。でも霊蟾の方がそれっぽいかもしれません。

 ま、アポロの1960年代は「冷戦」の最盛期でしたし、一方本人は飛んでるし弾出すし「零戦」でも良い気もしますけれど。

 と言う訳で、私の中ではれいせんは不死の薬でお酒でヒキガエルだということに為りました。

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 そう、それはあり得たかも知れない幻想世界の一つの可能性。
 それではまた、因果の律が交わる時にお会いしましょう。

   [おしまい]

                             




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