○平成17年9月
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実在 いふに足らず、
物質 ただ仮(か)るべし
世に真実(まこと)ほど虚偽(いつわり)は無く、
虚誕(うそ)を束(つか)ねて歴史成り出づ
幸田露伴『心のあと 出廬』明治37年
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上白沢慧音 | 八雲紫 |
上白沢慧音:真実なる歴史など存在しない。歴史は過去そのものではないのだから。
如何なる歴史もその限界を知った上で語られねばならぬ。
我ら歴史に携わる者が、常に考えねばならぬ事だな。
八雲紫 :あらあら、時の進みが文字通り個々に異なるこの幻想郷にも歴史はある
のかしら?
この世界では過去と未来の境界も曖昧なの。
上白沢慧音:ふん。歴史は単に過ぎ去った時間ではない。歴史に学ばぬ者には未来も
無い。記憶や体験の体系が、語られ解釈される物語こそが歴史なのだ。
八雲紫 :それは貴女のような歴史を創る側の言い分ではなくて?
まつろわぬ者や地を這って生きる大多数のモノ達には無関係なのではな
いかしら?
上白沢慧音:それは違う。
人や妖怪が生きてゆくためには必要なものなのだ。
社会も技術も生きる術も、過去からの積み重ねによるものだ。
伝承や昔話もまた一つの歴史に他ならない。
人間もほとんどの妖怪も一人では生きられない。
社会的なモノは総て妖怪も含め多かれ少なかれ歴史的な存在だ。
八雲紫 :でもね、人間の共同体社会は異形のモノを排除して境界をつくることで
成り立つの。境界の外には語られざるもう一つの「歴史」があるわ。
上白沢慧音:外界を規定してこそ内なる自己の認識が生まれる。己を語るため、境界
が生成されるのはやむを得ない。差異がなければ何も語れない。だが。
……私は歴史に正否をつけようとは思わない。異人も偉人も私にとって
は同じ。絶対に正しい歴史や価値観など無いと分かっているから……。
八雲紫 :ふふふ。
それでもあなたは聖獣、聖王の徳を示すモノ。
所詮は秩序を担い、天津神に連なるお上の系譜。
虐げられ排除された者達の声はあなたには決して届かない。
そんなあなたが、なぜこのマージナルな幻想郷にいるのかしらね。
上白沢慧音:…………。
…………。
だからこそ、私はこうして人間と共にある。
…………。
そう、私の歴史はこの里の人間達と共にある。
今も……、そしてこれからも。