○平成17年11月
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三界狂人不知狂
四生盲者不識盲
生生生生暗生始
死死死死冥死終
三界の狂人は狂を知らず。
四生の盲者は盲を識らず。
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、
死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
弘法大師空海『秘蔵宝鑰』
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上白沢慧音 | 藤原妹紅 |
上白沢慧音:弘法大師空海の著作の一つ『秘蔵寶鑰』中の一節だな。
空海の著作は数多いが、この本はいわば彼の主著である『秘密曼荼羅
十住心論』の要点を述べたもので、真言密教が他宗に勝ることを主張
するものだ。これはその中でも有名な言葉だ。
衆生は迷いの中にあり、本当に大切なことには気付かない……。
藤原妹紅 :あれっ?これって私の科白じゃない。
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に、死んで死の終わりに冥し、ってね。
死に往く事を知っていながら見ない振りをしている、数多の愚か者達
にぴったりだと思わない?
――まあ、生死の境を喪くした私には、豊かな現世も色鮮やかな幽世
もないけどね……。
輪廻を越えた永遠の生の果てにあるのは、久遠の苦輪だけ……。
上白沢慧音:妹紅……。
藤原妹紅 :ははっ。
それでも生きているからねえ、楽しいこともあるよ。
上白沢慧音:死の無い妹紅の方が、むしろ真摯に死と向き合っているといえる訳だな。
人生の大事である筈の生死に対し、多くの衆生は向き合おうとはしない。
誰もが避け得ぬ事のはずなのに、な。
空海は人々をそんな風に厳しく見ながらも、衆生の救済を目指したのだ
な。彼には、最新の技術に対する智識も芸術的才能もあったようだが。
藤原妹紅 :でもねえ、あの佐伯の坊主はぎらぎらしていたなあ。
大変な野心家だと思ったけどなあ。切れ者だったし。
私が何物かもすぐ悟ったようだったよ……。
上白沢慧音:ほう。
それでその言葉か。
藤原妹紅 :まあねえ。
でも、私には涅槃も安息も無いんだよ。外道に仏法も救いも合わないさ。
上白沢慧音:妹紅、それは違う。
所詮生きとし生けるものはいずれ自らの死を体験することは出来ぬのだ。
だからこそ人は冥界を夢想し、来世を創ったのだ。
恐れを、不安を解消するために、現在の生の意味を見出すために。
幽世は生きている者の中にこそあるのだ。
どんな宗教も生きている者のための一つの仕組みだよ。
そう、空海の即身成仏っていうのは本来死ぬ事じゃあないんだ。
生きながら世界、宇宙と一体となることを目指すんだ。一種の汎神論と
も言えようか。
“六大無礙にして常に瑜伽なり、四種曼荼各々離れず、三密加持すれば
速疾に顕わる、重々帝網なるを即身と名づく”さ。
藤原妹紅 :難しいことは解らないけれど……。
死だけが救いではないということ?
上白沢慧音:救いも涅槃も、生きている者に対してこそ意味を持つものなのだ。
死は生きる目的ではないし、生の価値は本来死そのものの有無とは無関
係だろう。
……空海は凡ての世界が、そして凡ての人々が、消滅してしまうまで、
永遠に衆生の救済をし続けようと誓ったという。
妹紅、……彼はあの山に今でも居るのだそうだよ。
藤原妹紅 :…………。
上白沢慧音:佐伯の僧は云ったのだろう。
例え、不老不死の民であろうとも、例え数えきれぬ季節が過ぎようとも、
必ず救ってみせると。
藤原妹紅 :…………。
…………。
そうね。しっかり生きて、文句の一つも言ってやらなくちゃね。
上白沢慧音:…………ああ。
藤原妹紅 :…………うん。
(後日)
藤原妹紅 :ねえねえ、慧音。白玉楼の連中を見てると、この前の話が…………。
何かこう、がらがらと音を立てて―――。
上白沢慧音:うー。あれは特殊例!