○平成17年12月
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人生不相見
動如参與商
(人生 相見ざること
動もすれば参と商との如し)
杜甫『贈衛八処士』
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八雲紫 | 上白沢慧音 |
上白沢慧音:唐代、乾元二年春の杜甫の作品の冒頭だな。西暦では759年だ。
二十年ぶりの友人との再会の喜びを歌った詩なのだが、その中でも、
短い人生の中で、別れた友と再会することの困難さを喩えた部分だな。
参とは冬のオリオン座の星々を、商とは夏の蠍座のアルファ星、即ち
アンタレスを指す。オリオン座と蠍座は同じ天空を決して共有しない。
つまり、再会とはそれほど困難だと言うことを示しているわけだ。
今別れたらもう一生会うことは出来無いかも知れない…。此処で普通
に一緒に居られることが、実はどんなにか得難い貴重なことか…。そ
んな思いが込められた詩句だな。
八雲紫 :子の故意の長きに感ず
明日、山岳を隔てなば
世事、両に茫々たらん
………友情の強さと儚さかしら?
一瞬の出会いと別離、命短き死すべき人間の一生は他の存在との関係
を築き上げるには余りにも短いわね。
貴女もそうは思わない?
上白沢慧音:――何時の間に。
――珍しく感傷的だな。
八雲紫 :まさか。
境界を統べる弥勒三千の孤高の妖怪たる私にとって、人との関係など
些末なことだわ。
上白沢慧音:それはどうかな。
大体貴様はこの一千年紀の間、殆どこの世界に介入して来なかったで
はないか。
神隠しの主犯の二つ名を持つ貴様が、だ。
八雲紫 :……………。
上白沢慧音:富士見の娘か?あの時何があった?
確かに私はこの世界に関するあらゆる知識を持っている。だが、知っ
ているということは、必ずしも理解しているということではない。事
実は当事者の心情までは語らない。
八雲紫 :……何も。
彼女とは今でも会っているわ。
上白沢慧音:彼女だったモノだろう。
兎に角、ほとんど一切の関係を絶っていたはずだ。
それがこの数年はどうだ。自分からこの世界のモノ達との接触を図っ
ているではないか。
八雲紫 :………ふぅ。
貴女なら解って貰えるかしら。
何事も無い、当たり前の日常は、実は貴重なものなの。でも私が世界
に関わることでそれは失われてしまう。いえ、直截何かしなくても、
唯視ているだけでも、世界は歪み、形を変えて行く。
………だから不要な干渉は止めようと思った。
上白沢慧音:観測者が対象に影響を与えるのは避けられない。完全なる客観など、
どこにも在りはしないことなど、貴様なら先刻承知だろう。
八雲紫 :そうね。
でもね、私は力を持っていた。自身に都合の良い世界そのものを創り
出すことが出来る位。………でも。
私は知った。例えどんなに大きな力を持っていても、いえ、大きな力
を持っていればこそ、大切なものがその指の間から零れ落ちてしまう
ことを。
………私は唯一人の人間さえ救うことは出来なかった。
………彼女の姿をしたモノがまだ在るのは、私への罰なのかもしれな
いわ。
上白沢慧音:ふん。例え姿形やその在り方がどんなに変わってしまおうとも、彼女
は彼女だろう。
八雲紫 :ふふふ。貴女、妖怪に対しても優しいの?
そんな事では身を滅ぼすわよ。
上白沢慧音:……………。
そうか、博麗の巫女か。
八雲紫 :さあねえ?
いずれにせよ私は我が儘だから、もう何かを失うのは嫌なのよ。
強い力は様々なモノを呼び寄せるの。だから…。
だから私は目を閉じ耳を塞ぐのを止めたのよ。
あの人間と同じ時、同じ場所を共有する意味を考えてみたくなったの。
いずれ失われてしまうことは解ってはいるけれど、貴女達を見ていた
ら、それでも良い気がしてきたわ。
永遠の関係の方が不自然よね。
上白沢慧音:貴様は贅沢なやつだな。
八雲紫 :そうかしら?
上白沢慧音:ああ、貴様には仲間も友も家族も居るのだろう。
八雲紫 :……………。
上白沢慧音:―――――。
……もう冬だな。又一年の終わりが来る。
八雲紫 :……そうね。
当たり前の日常、あるがままの世界。
……私は今、幸福なのかしら?