○平成18年11月
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“Odi et amo”
Gaius Valerius Catullus ‘CARMINA’No.85
われ憎み、かつ愛す
カトゥルス『詩集』85番より
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パチュリー・K | 霧雨魔理沙 |
パチュリー | :……何故かしら?今夜も昔のことを思い出すわ。最近どうしたのかしら……。 :レミィに出会ってかれこれ百有余年、こんなことはなかったのに。 :――――――。 :ここは図書館、私の場所。いいえ、この本達こそが私を私たらしめているのだわ。 :知性と情熱、理性と狂信が数千年かけて築き上げた知識の殿堂。文字として固定され、積み重ねられた叡智の断片……。 :――――――。 :因果は巡り、生きとし生けるものはやがて塵へと還る。でも知識は永久に残る。記憶は消えても文字は消えない。だから……。 :きっと、隠された世界の深秘を解き明かせると、……その答がここにあると信じていたのだけれど。至高の智慧の光は隠されている……、ただその影を感じられるばかり。……ヴェールに覆われたその裡を、私は知りたかった。 :そう、原初の神性の光、その流出と現出、生命の神秘、この世界の成り立ち、そして大いなる叡智が……、Sephirothが……、奥義が現前するの……。 :ああ、光が―――――。 :わがHochhomeからBinaへ……、その位相が……。 :メネ・メネ・シエケル・ウフアルシン……………。 :ごほっ、ごほっ。………はあはあ。 :――――――。 :駄目、……違うの。私が欲しかったものは……。 :嗚呼、ここにあるものはいったい何?……もし、もしも真実がここにはなく、あるのはただ永遠への憧憬を含んだ妄念であるとしたら? :――――――。 :この揺れる気持ちは不安なの?それとも………。 :………………。そんな人間じみた感情なんて、とっくの昔に棄てたはずなのに。 :悪意、羨望、嫉妬、憎しみ……。人の心を満たすのはそんなものばかりだった。真理を求めるはずの知識は世俗に紛れ、功利と殺戮に覆われていたわ。そんな傲慢な知の体系なんて、とても耐えられなかった。激しい感情も、偽りの知識も、私には煩わしく苦痛なだけだった……。だから私は。 :乾いたインクと古びた紙の匂い、それを私は選んだの、そう、凍った知識を。喧噪と活力から逃れて。そのはずなのに。 :「われ憎み、かつ愛す」 :……なぜ、こんな言葉を憶い出したのかしら。これは確か………。 :そう、この言葉はカトゥルスの詩。古代ローマの夭折の詩人。恋愛詩を創造した名高き人間。その生涯はわずか30年……。でも、きっと短い命だったからこそ、優れた言葉を紡ぐことができたのだわ。何かを生み出す力とは、闇の中で僅かに閃く生命の輝きなのかもね………。 :「オーディ・エト・アモー。クアーレー・イド・ファキアム、フォルタッセ・レクイーリス」 「ネスキオー、セド・フィエリー・センティオー・エト・エクスクルキオル」 :「君問わん、いかにしてそれを為し能(あた)うや、と。われも知らず、ただ心にそれあるを覚え、苦しむなり」 :………!誰!!! |
霧雨魔理沙 | :わ、まてまて、撃つなって。 :ホラ、何だ、フランに会いに来たらちょっと迷ってさ。 |
パチュリー | :……随分と大きな鼠ね。駆除しなくっちゃ :ハギオス・オ・テオス・イスキュロス………。 |
霧雨魔理沙 | :だーかーらー。待てって。 :ビタミンA足りてないぜ? :何か深刻そうにしてるから、声掛けなかっただけだって。 :……?懐の中身?……気のせいだって。 |
パチュリー | :………オン・アルファ・エト・オメガ・イオト………。 :(本は私の一部、これ以上は渡さないわ) |
霧雨魔理沙 | :………えーと? :(ぐいっ)なあ、パチュリー。こんな所にずっと籠もってると体に毒だぜ。図書館なんてのは隠れたり隠したりする所じゃないはずだぜ? :そうだ、今度遊びに来いよ、曇りの日で良いからさ。楽しいぜ、お互い生きているんだものな! |
パチュリー | :え?? |
霧雨魔理沙 | :とにかく、今日は代わりにこの言葉を贈るぜ。 :VIVAMUS, ATQUE AMEMUS! :じゃあなっ! |
パチュリー | :あ………。 |
霧雨魔理沙 | :(ばびゅ〜ん) |
パチュリー | :――――――。 :私の生きる場所はここだけ。そのはずなのに……。 :レミィ、咲夜、妹様……。……………。ああ、私は大切なことを………。 |
霧雨魔理沙 | :さて、おせっかい魔理沙の蛇足な解説だぜ。 :「VIVAMUS, ATQUE AMEMUS!」は“ともに生きよう、そして愛し合おう”って意味なんだぜ。いかにも私が言いそうだろう? :で、これも実はカトゥルスの言葉なんだ。同じく『詩集』の第五歌の冒頭だ。正しくは「vivamus, mea Lesbia, atque amemus(ともに生きよう、愛しのレスビア、そして愛し合おう)」だぜ?この後の詩句もなかなか…。ま、好きな人はこの“Lesbia”の部分を霊夢とかアリスとかに変えれば楽しめるんじゃないか? :ついでにカトゥルスについても。ガイウス・ウァレリウス・カトゥルス、前84年に生まれ、前54年に30歳で夭折したローマの詩人で、恋愛詩の創始者とされている。作品には『詩集(Carmina)』がある。同時代の文人にはキケロがいる、ってけーねが言ってた。 |
※カトゥルスの詩の和訳は以下の参考文献によります。
中務哲郎・大西英文『ギリシア人ローマ人のことば』岩波書店1986
原詩「Odi et amo. quare id faciam, fortasse requiris.
nescio, sed fieri sentio excrucior」