今月の御言葉

○平成18年12月

阿求先生 十二因縁輪廻の環、めぐりめぐりてはてなく
二十五有流転の絆、くれどもくれどもつきず


  あはれかなしき我等哉
   十二因縁輪廻の環、めぐりめぐりてはてなく
   二十五有流転の絆、くれどもくれどもつきず

       『撰集抄』巻一第三「槿の歌読む聖人の事」より


妹紅アイコン02 阿求アイコン01 妖夢アイコン02
藤原妹紅 稗田阿求 魂魄妖夢


西行寺幽々子 :十二因縁輪廻の環(たまき)、巡り巡りて果て無く〜♪
:二十五有流転の絆、繰れども尽きず〜♪
:あら、妖夢。……何かしら?
魂魄妖夢 :あの、幽々子さま、その言葉なのですが……。
西行寺幽々子 :―――。
:えーと、それじゃあね………。
*****
藤原妹紅 :死生共に死生に非ず、無来無去にして本来寂静也〜♪
上白澤慧音 :!
:妹紅、ちょっと………。
藤原妹紅 :??
*****
(そして数刻の後)
*****
稗田阿求 ……………。
魂魄妖夢 :……………。
藤原妹紅 :……………。
稗田阿求 :………、何と言うか、珍しい組合せですね。
藤原妹紅 :そこで会っただけだ。全くの偶然だな。
:ま、人間成分は多いだろ。私は当に「純粋」な人間だし、こっちだって高々五割引だしな。
魂魄妖夢 :す、すみません。
稗田阿求 :あら、うちは何時でも誰でも歓迎するわよ。危険さえ無ければ何でもね。
藤原妹紅 :こいつも私も色々と危険な気がしないでもないが?
稗田阿求 :危険なのは能力ではなく在り方ですよ?
:で、冥界よりわざわざお越しの理由は何かしら?
魂魄妖夢 :それは………、次の言葉の、……本当の意味を教えて頂きたいのです。
稗田阿求 :言葉?ですか。
魂魄妖夢 :……、はい。その言葉は
:「哀れ悲しき我等哉、十二因縁輪廻の環、巡り巡りて果て無く。二十五有流転の絆、繰れども繰れども尽きず」というものなのです。
:幽々子様が時折口ずさんでおられた言葉です。気になったので尋ねてみたのですが、貴女に聞けと。私が答えるべきではないと仰られて……。
稗田阿求 :あら、そうでしたの。
:(そりゃ、輪廻を忘れた亡霊に聞いてもねえ。)
:で、あなたの方はどうして来られたのでしょうか?
藤原妹紅 :いや、別に……。これが里の周りをうろうろしてたんで、話を聞いてたら面白そうかな、ってね。
:その、実は慧音には迷惑を掛けることになるから、特にこの手の相談事ではお前さんの所へは行くな、ときつく釘をさされていたんだが………。はは。
稗田阿求 :(………そんなに気を遣わなくても良いのに。)
成る程、用は特になしと言うわけなのですね。
:……そうですね、その言葉は西行法師に仮託された説話集『撰集抄』の一節ですね。正確には広本系の巻一の第三「槿の歌読む聖人の事」の一節ですね。
魂魄妖夢 :!?
藤原妹紅 :あー、「何となう、おなじ憂き世を厭ひし花月の情けをもわきまへらん友恋しく侍りしかば」ってえやつか?
稗田阿求 :ええ、巻は違いますけどね。
:そうですね、この作品は著名な仏教説話集で、宗教的にも文化芸術的にも後世に大きな影響を与えたのです。
:そしてこの言葉は仏教的な世界観というか、人生観を表すの。循環する世界、生成と消滅の摂理を示す言葉よ。何故私達はここに在り、この世界は何なのか、何故私達は生きているのかってことね。
魂魄妖夢 :仏教的世界観ですか………。
:一切は空なり、でしょうか?
稗田阿求 :そうね、そしてこの世界の真実を見つけること。そしてそれによってより良く生きること。
:宗教の根本的な目的なんてみんなそんなようなものだわ。
:一切の諸法は因縁より生じる……。私達は無限の空間と永遠の時間の交叉点に生きる、そして総ては因縁と呼ばれる因果律の下に変化してゆく。それが……。
魂魄妖夢 :諸行無常……、なのですね。
稗田阿求 :―――――。
:この世には苦しみや悲しみが満ち満ちているように思える。でも、私達が生きている世界は、本当は万物が流転する、つまり永続する実体の存在しない世界なの。
:それでも私達は単に「今」存在しているのではなく、過去にも、そして未来にも密接に繋がっているということよ。
:仏教では、この因縁の理を理解して執着を去り、輪廻を超えて涅槃に入ることを目的としているの。
藤原妹紅 :無明も無く、亦無明の尽くることもなし、乃至、老死も無く、老死の尽くることもなし………。
稗田阿求 :………うーん。
:なんか、貴女がそう言うと、意味が変わってしまう気もするけれど……。
:さて、因縁とは直截的原因たる“因”と間接的条件たる“縁”の双方を表すの。ここから一切皆苦といった四法印や苦・集・滅・道の四諦という思想が出てくるわ。十二因縁とはこの因縁の内容を十二に分けて説明するものと見ることができる。
:長阿含経や倶舎論によれば、十二因縁とは無明・行・識・名色・六處・触・受・愛・取・有・生・老死からなります。これらは過去・現在・未来の因果へと分類され、また惑業苦の三道に結びつけられるのです。そして過去二因たる無明は……。
魂魄妖夢 :あ、あの……。
稗田阿求 :あら、ごめんなさい。
:仏教教義の講義をしているわけじゃなかったわね。
藤原妹紅 :――――――。
:(……誰かみたいだな。知識人はこれだから。)
稗田阿求 :生まれ、死に、また生まれ……。生命はこれを三界にわたって繰り返して行く。その道のりは果てしなく、そしてそれは因縁によって紡がれて行くものだということよ。
:この世の様々な運命も遙か古よりの因果によるものであり、また現世の縁が来世へと繋がってゆく。その果てしなき連理こそがこの世界の真実だというわけよ。
魂魄妖夢 :この世界の真理、この世の理……。
稗田阿求 :ちなみに二十五有というのは衆生が輪廻する世界のことで欲界十四所、色界七所、無色界四所とされているのよ。無色界といえば……。
藤原妹紅 :そこな庭師は何が気になったのだ?
魂魄妖夢 :え?
:私は、私がなぜこうして“在る”のかが、よく分からないのです。私は冥界に身を置いています。でも、いつかは、………私にも死はやってくるのです。そんな私が白玉楼の幽々子様と共に在るのは何故なのでしょうか。
:でも、皆私には何も教えてくれない。幽々子さまも、先代も。……幽々子様の望みも、私には分からない。咲かない桜木の秘密も、白玉楼の由来も、私が何者なのか、さえも。
稗田阿求 :白玉楼なら、昔唐の李賀が………。
魂魄妖夢 :そういう事ではないのです!
:………あ、ごめんなさい。
稗田阿求 :永劫の中の一瞬、それが私達、生きとし生けるものは死ぬ。そう、……必ず。でも、あの言葉のように考えられるなら、自分の命は何かを受け継いだものであり、また、今の生命はいずれ何かに受け継がれるということになるわ。
:生きることは苦しく、また悲しいものであるけれど、それでも意味あるものだと思うことができるのではないかしら。
:多分あなたの御主人も………。
藤原妹紅 :前際定めて輪廻の郷より来たり、後際必ず妄想の宅に帰りて、互いに愛網を出でず……。
:ふん。悩み苦しみ、執着してこその人間だろう。生きては死の意味を忘れ、死に臨みてもなお生とは何かを知らず。
:涅槃だ悟りだなんて、自分の生き方を見つめながら、いずれたどり着けることを願う遙かなる高み。決して届かぬ見果てぬ夢……。
稗田阿求 :ああ、そうかもしれませんね。
:そう、だからあなたはあなたであれば良いのですよ。思い思われる人と共に生きる。答はその中で何時か見つかることでしょう。
魂魄妖夢 :そのようなものなのでしょうか?
藤原妹紅 :あはは、そんなもんだよ。生きているのは素晴らしい。それでも因果は廻る、永劫の中で。
:だけど、そう、執着が捨てられなくったって良いんだ。感情があって、心があって、それが人間なのだからな。
:お前さんの場合、種族そのものが曖昧なんだから、揺れて当然、不安で当たり前。お前さんは存在自体が境界的なんだよ。でも、きっとそのことには意味があるんだろう。
:だから、………。……ま、お前さんは普通に“生きて”いるんだからな。それに生きる目的も共に生きる者もいるのだろう?
魂魄妖夢 :は、はい。
稗田阿求 :!
:(―――――。何事かを成す為に私は生きる、この生を。)
:(そして、………。)
:ふふ、あなたも、……変わりましたね。
藤原妹紅 :??。何のことだ?
稗田阿求 :いえ、こちらのことです。
藤原妹紅 :私には死が無い。だから生も無いのだと、思っていた。
:それでも、きっと生の意味をを見つけることができる。今ではそう思えるんだ。
:―――――。
:それにしても、説教上手だな、どっかの巫女やそこらの坊主よりもよほど腕が良い。教祖様になれるんじゃないか?
稗田阿求 :私は一介の歴史家ですよ。教えを説いたり人を救ったりなんてできませんよ。
魂魄妖夢 :あ、そろそろ帰って食事の準備をしなければ……。
:どうもありがとうございました。
:………あの、これからもこちらへ伺ってよろしいですか?
稗田阿求 :もちろん。ただし、私は歴史を扱う者だから、あげられるのは“答え”ではなく知識だけだけれどね。
:んー。それから、できればその刀と半霊が目立たないようにして欲しいわ。
魂魄妖夢 :は、はい。それでは、失礼します。
稗田阿求 :あなたも、そうですよ。
藤原妹紅 :いや、私は遠慮しておこう。皆に迷惑がかかるさ。
稗田阿求 :そんなことはないですよ。あなたも“ちょっと変わった”人間なのだから。
藤原妹紅 :―――――。!!。
:そうか、そうだったんだな。なるほど、慧音が言ったのは、このことだったのか。
稗田阿求 :―――――。
藤原妹紅 :人生は何事かを成すには短すぎると古人は言った。だが、そなたはもう成し遂げたかな?
:私は、まだ探しているよ。その何事かをね。

:輪廻を超えて、因果を超えて………。
:………長い付き合いに、なるな。
*****
稗田阿求 :往事を春の夢かと思えば、別れのつらき、夢にも非ず……、か。
:こんな日が来るとは思わなかったわ。時の流れが斯くの如き変化をもたらすとは……。
:ふふふ、このような事があるのなら、永き旅も悪くは無いかもね。




 ※参考文献:西尾光一校注『撰集抄』岩波書店1970

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