今月の御言葉

○平成19年1月

慧音先生 柳田國男の言葉


  歴史は多くの場合に於て
  悔恨の書であった

       柳田國男『明治大正史−世相篇』(昭和6年)より


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上白澤慧音 八雲紫


上白澤慧音 :柳田國男……。敢えて説明する必要もないだろうな。
:彼はフォークロアが、そしておそらく歴史学も、同時代に生きる実学たるべきだと考えていたのだろう。悔恨を未来の希望へと変える、それができれば、と。
:歴史はそのための力になれるのだろうか………。
八雲紫 :―――――。
上白澤慧音 :戦争、侵略、迫害……。飢饉、天災……。ふぅ。
:……継体21年、筑紫国造磐井の反乱、……延久15年、後三年の役、……観応元年、観応の擾乱、……寛永14年島原切支丹一揆、……何時になっても争いは繰り返される。
:……正嘉の飢饉、……文保4年蝦夷蜂起、……寛正大飢饉、……延徳の大地震、……天文9年悪疫流行……。大火、津波、地震、洪水、噴火、そして飢饉………。
:戦争、虐殺、弾圧、そして殺戮……。魔女狩り、十字軍、異端審問、新大陸での侵略。正義の名を借りた蛮行の数々………。
:―――――。
:……ああ、歴史とは何故かくも悲劇を繰り返すのだろう。過去の歴史を顧みれば、皆悔恨と悲嘆とに彩られているはずなのに。
:……人間とは、変わる事ができぬのか。
:歴史は―――。
八雲紫 :ふふふ、それはあなたの視点が投影されているだけ。
:所詮歴史は個々の視点に依拠する一つのパースペクティブに過ぎないわ。それは「貴女にとって」の歴史に過ぎない。貴女ならそれを承知しているはずだと思っていたけれど?
上白澤慧音 :………仕事中なんだが。
八雲紫 :幻想郷の歴史喰い………。
:貴女は本当に歴史を管掌する「白澤」として幻想郷に存在するつもりなのかしら?それは本来この地に相応しくないのではなくて?
上白澤慧音 :……………。
八雲紫 :聖獣たる白澤は、確かに民の災いを除き病を払う。森羅万象に通じ妖魅精怪の知識を授けてくれる。
:でも、それはあくまで世を統べる帝王がため。いかに王道を歩もうとも、支配者に都合の良いものに過ぎない。歴史は秩序づけられた過去、勝者の記録。でも、本当は……。
上白澤慧音 :……………。そう、そこには……。
八雲紫 :そこには混沌に属すると切り捨てられたモノ達の思いが欠けている。その瑕は貴女には決して埋められない。
:幻想郷は妖怪の跋扈する世界。秩序と混沌の交錯するカオスの縁。
:秩序と王権とを体現する貴女の居場所は、いったい何処にあるのかしらね。
上白澤慧音 :……秩序に対する混沌、あるいはその混沌を生む可能性を妖怪と呼ぶのなら、私が妖怪達と心を通わせることはできないのかもしれない。
:……この世界は、人間と妖怪とのバランスの上に成り立っているというのにな。
八雲紫 :貴女がこの世界に居るのは何故?贖罪かしら?それともやはり………。
上白澤慧音 :中央より排除され、まつろわぬ者として周縁に逐われた人々がこの世界の人妖ならば、……その悲しみの源とは、むしろ我が存在なのかもしれぬ。
八雲紫 :答えになっていないわね。
上白澤慧音 :再び世界に調和を奏でること、それが私の夢だった。
:でも私は白澤として在るモノ、所詮は支配者のための秩序を担う道具に過ぎない。
:仁政など理想に過ぎない……。何時でも現実は力と血とに彩られ、死者の山を越えてやってくる。そんな私に負わされた言葉が靡所不[彳扁](※1)、能護万民とはな、笑うがいいさ。
八雲紫 :……………。
上白澤慧音 :私が本当に知りたかったこと、私が本当に護りたかったもの、それは現実とは少しづつずれていった。……でも。
:私は人々が好きだった。時には過ちを犯すけれども、懸命に生きる人間が、無邪気な子供達が………。
八雲紫 :そんな人間どもを一番苦しめるのは人間自身。怒り、憎しみ、恨み、妬み、人間の中にある強い気持ちなんて、そんなものばかり。
:貴女は外の世界を知っているのでしょう?それなら尚更の筈。あれから後に何が起きたのか、あなたには分かっているはずよ。
:今、この世界は安定しているわ。妖怪と異能の人間によってね。でもね、それを覆すとしたら、外の世界にせよ幻想郷の内側にせよ、人間なのよ、間違い無くね。
上白澤慧音 :………そうかもしれない。それでも私は人間を信じていたい。
:人は弱い生き物だ。この世界で生き抜いて行くために………。
八雲紫 :それで畏れを忘れ、闇を追放しようとしたのかしら。それで何が失われるかも知らずに。
:それとも、それが貴女の望みなのかしら?完全なる秩序、闇も混沌も無い世界。そして妖怪も英雄も、神さえ喪った世界を。
上白澤慧音 :……違う。
:私の願いは調和、寛容と信頼によるハルモニア……。
八雲紫 :ハ・ハ・ハ!!
:そんなものはありはしない。
:動きを止めた社会は活力をも失って滅びるのみ。嘘、嘘だわ。貴女は皆知っているくせに。
上白澤慧音 :叶わぬ夢だからこそ、目指す価値がある。そうは思わないか?
八雲紫 :ならばその力を使うが良いわ。怪を生み出す畏れも不安も哀しみも無い世界を創ればいい。
:あらゆる出来事を無かったことにし、そして都合の良い過去を創り出せばいいのだわ。そう、感動も喜びも無い、薄っぺらな世界をね。
上白澤慧音 :私は、そんなことは………。
八雲紫 :貴女の力はそのためのものでしょうに………。
上白澤慧音 :人も人外の者も、自由意志を持っている。私はそれに敬意を払いたい。だから。
八雲紫 :自由意志?あははっ、運命や永遠や歴史を弄れる者がわんさか居るのに?
:あなたは本当にそんなことを考えているの?
上白澤慧音 :―――――。
八雲紫 :………余り過去に囚われると、未来が見えなくなるわよ。
上白澤慧音 :……積み重ねた過去の上に、今の私はあるのだ。
八雲紫 :―――――。
:あー。この世界も最近なんだかこぢんまりとまとまってきてしまったわねぇ。
:ちょっと飽きてきたわ。
:また新しく造り直そうかしら………。
上白澤慧音 :!!!
:もし貴様が幻想郷を壊そうとするならば、この力を使ってでも貴様を止める。
:……私は私の全存在を懸けて阻止してみせる。たとえ我が命と引き換えにしても。
八雲紫 :(くすり)
:貴女では多分無理。私はこの世界そのものだから。
:……………。
:ふぅ。外の世界をも知る貴女なら、この世界と心中する必要なんて無いのに。
:……全く、貴女は白澤の癖に。
:……本当にお馬鹿さんね。




 ※1靡所不[彳扁]:従うところに争いはなくなる、の意

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