今月の御言葉

○平成19年3月

慧音先生 年年歳歳 花相似たり
歳歳年年 人同じからず


  年年歳歳 花相似たり
  歳歳年年 人同じからず

       劉廷之「白頭を悲しむ翁に代る」より


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上白澤慧音 風見幽香


上白澤慧音 :年年歳歳花相似(年年歳歳 花相似たり)
:歳歳年年人不同(歳歳年年 人同じからず)
:春の花は、華やかで美しいが、一方で何か儚く哀しいものだ。
:花は毎年同じように咲こうとも、それを見ている人は決して同じではない……。悠久たる大自然に対する人間の生の儚さ、その無常を見事に表現したものと言えよう。
風見幽香 :花の色はうつりにけりないたづらに……。
上白澤慧音 :旧き者よ、何故こんな所に?
:もっと山深き地に居るのかと思っていたが……。
風見幽香 :あら、こんな所に堅苦しい半獣が。
:あ、ここは人間の里に近いのだから当然かしら?
:今回は買い物に来たのよ〜。それにねぇ、この時期は花の咲く場所は高度が低いのよ。ほら、周りを見てご覧なさい。私は花と共に渡る者だもの、当然でしょ。
上白澤慧音 :最近は妖怪の力をろくに知らない人間もいるからな……。あまり里の近くには来て欲しくはないのだが。……この季節では仕方がないか。
:まあいい。丁度花の話だからな。そなたにふさわしいだろう。
風見幽香 :そうねぇ。「洛陽城東桃李の花、飛び来たり飛び去って誰が家にか落つ」よねぇ。
:命短きもの達の声、傍らを過ぎ去って行く者への思い……。私にとっては、もう遙か遠く、……そして懐かしい感情だわ。
:ただ残るは通り過ぎていった者達の影……。
上白澤慧音 :……………。
:この漢詩は、唐代の劉廷之の七言二十六句の長篇「代悲白頭翁」(白頭を悲しむ翁に代る)の一節だ。劉廷之(651〜?)は字を希夷と言い、汝州の人で進士にもなった。容姿端麗で琵琶を良くしたと伝えられる。また、酒を数斗呑んでも酔わなかったらしい。詩風は流暢で分かりやすく、結構も巧みであったが、その詞が悲しすぎて当時の人には喜ばれなかったという。
:桃の木は毎年変わらずに花を咲かせる、だが人間は否応なしに年々変わってしまう。来年は自分は果たして同じようにこの花を見ることができるのだろうか……。あるいは、共に花を愛でたあの人と、来年もまた同じように花を見ることができるのか……。
:年ごとに老いてゆく人間、そして誰にでも訪れる死。この詩では、こうした人間の無常が自然の恒常性と対比されているのだ。詩の前半を見てみれば、それがよく分かる。
風見幽香 :―――――。
:えっ!?私なの?しょうがないわね……。
:今年花落顔色改(今年花落ちて顔色改まり)
:明年花開復誰在(明年花開いて復た誰か在る)
上白澤慧音 :年毎に容色は衰え、また誰が健在でいられるのだろうか……。
:古人無復洛城東(古人復た洛城の東に無く)
:今人還対落花風(今人還って対す落花の風)
:かつて洛陽の東で落花を嘆じた人は最早なく、今の人もやはりまた落花を誘う風に向かい嘆いている……。
風見幽香 :うふふ、花はそうしたものを呼び起こすものなのよ。地上に咲く花はその鮮やかさから生の象徴であり、同時に花の儚さより死の象徴でもある。
:そして花咲く大地こそ大自然の力の顕現
:花は美しく儚くもまた、貪欲。
:花は次なる世代を生み出さんが為の、迸る生の息吹なのだから。
上白澤慧音 :ふむ、花は生と死の循環を想起させつつ、我等も含めた生き物を引き寄せる。だがそれは一方で己の種の存続を図るという、巧みな生命の戦略でもある訳だな。
:ともあれ、咲き誇る花は、やがて散る運命を持つが故に、美しさの背後に不吉さ垣間見せる。この詩を作った劉廷之にも、そうした逸話が伝えられている。
:彼は「今年〜復た誰か在る」の句、さらに「年年歳歳〜人同じからず」の句を思いついたとき、その内容から、讖(しん:悪い出来事の前触れ)ではないかと危惧したという。それでも「死生命有り(生死は畢竟天より与えられる運命である)」として詩を完成させた。そして翌年彼は果たして死んだと言うのだ。
風見幽香 :花そのものには、吉も不吉も無いわ。唯そこに存在するだけ……。
:そこに意味を見るのは、見る側の内面を映しているから。
上白澤慧音 :ああ、当にその通りだな。人間はそれだけ花というものに思い入れが有ると言うことだ。
:この事については、一説に「或は云ふ、宋之問希夷を害す」などとあって、死因すらこの詩に帰するものがある。つまり、母方の伯父の宋之問という詩人が、例の「年年歳歳〜」の二句を気に入って譲ってくれと頼んだところ、劉廷之は一旦承知しながら結局与えなかった。宋はこれに怒り、奴隷を使って劉廷之を土嚢で圧殺したというのだ。
:まあ、宋之問は、駱賓王の詩を盗んだなど、兎角悪評のある人物ではあったが、伝説の真偽は分からない。
:これは、当時の詩人達の言葉に対する執念がうかがえる逸話と言えるかもしれないな。
風見幽香 :ま、私には、こうして花があればそれだけで良いのだけれど……。
上白澤慧音 :已見松柏摧為薪(已に見る松柏の摧かれて薪と為るを)
:更聞桑田変成海(更に聞く桑田の変じて海と成るを)
:それでも春に咲く花は変わらなかったのだ……。
:自然は無数の命を繋いで悠久の時を超える。大自然の神秘、大地の力は個々の生命を越えたところに在るのだな……。
風見幽香 :そうそう。例えこの一つの花が散っても、来年は再び別の花が咲く。例えこの松が老いて枯れても、そこから新たに若い木が育つ。個々の命が入れ替わっても、気候や地形が変わっても、そんなことは本質的ではないの。
:人間なんて、そのほんの一部にしか過ぎないの。
上白澤慧音 :……………。
:しかしな、そうした小さな存在だからこそ、儚い命を持つ者であらばこそ、人間は懸命に生き、生命への畏怖を得、文化を生み出すことができたのだ。旧き者には分かるまいが。
:私は、これまで彼等と共に生きてきた。そなたにとっては単なる過ぎ行く者達なのだろうがな。だから、少しは理解しているつもりだ、その悲しみを、苦しみを。
風見幽香 :くだらないわ。私にはどうでも良いこと。
:それにね、人間なんて勝手なものよ、異質なものは受け入れない。そして貴方の思いとは関係なく、人間達は変わってゆくわ。当に「人同じからず」よ。
:それにね、貴方なら知っているでしょう?己が持つ時間の異なる種族が、共に生きることは困難なことを。これまでの試みは皆悲劇で終わっているはずよ。
上白澤慧音 :……確かにな。だが私は独りではない。
:それに、私の持つ時間の差など大したことはない。千数百年などという長さに比べればな。
風見幽香 :ふーん。
:何にせよ、私は今の人間の里なんぞには興味はないわ。人間の思いも妖精の悪戯も妖怪の食欲も私には区別が付かないわ。所詮私には関係ないことだもの。お花畑を荒らしに来たりしたら別だけどねぇ。
上白澤慧音 :そうかな?時折神社で目撃されているようだが。
風見幽香 :あれはね、「博麗霊夢」が面白いから。人間かどうかは関係ないの。
:時も関係ないわ。私にとって大事なのは「今」なのだから。
上白澤慧音 :まあいい。
:それにしても、博麗の巫女から聞いていたのとは随分違うな。もっと凶暴な妖怪だと言っていたはずだが。誰彼無くすぐに喧嘩を売る、と。
風見幽香 :またまた〜。
:解った上で会話してる癖に〜。貴方が危険だと判断するような妖怪と、無防備に会話なんかするはず無いもんねぇ。
:私がちょっかいを出すのは、特別強力な人妖か私の領域を侵す奴。
上白澤慧音 :さもありなん。己の邪魔者に対しては何者だろうと問答無用なのだろう?
:そして、躊躇することもなく、大量殺戮だろうと何だろうとやってのけるのだろうな
風見幽香 :私は平等なのよ。大自然の中で見れば命に差異は無いの。私にとっては花を食い荒らす虫も、花畑を汚す人間も変わりはないの。害虫駆除も殺人も私の中では同じこと。
上白澤慧音 :―――ふふ、確かにそうとも言えるな。
:自然は時に冷酷だが、決して邪悪ではない。そなたもその様なものなのだな。
風見幽香 :私は楽しいことが有ればそれで良いの。四季の花々と、自然と共に在ればね。
上白澤慧音 :花々、か。
風見幽香 :そんな貴女には、アリュームの花を。
上白澤慧音 :……。せめてカヤツリグサとか言って欲しかったな。
風見幽香 :応に憐むべし半獣の白頭女児。
:惟黄昏鳥雀の悲しむ有るのみ。
:無限なる過去にばかり囚われていると、儚い己の生を見失うわよ?
上白澤慧音 :そうかもしれないな。
風見幽香 :じゃ、神社の花見の時にでもまた。
上白澤慧音 :博麗の巫女も毎年毎年災難だな……。
風見幽香 :〜♪
:あ、そうそう。
:大事なことを忘れていたわ。
上白澤慧音 :ん??
風見幽香 :あなたを虐めることよ!
上白澤慧音 :はぁ……。
風見幽香 :あなたは、虐めがいがありそうね〜。
上白澤慧音 :何だ、それは??
風見幽香 :ホラ、弱すぎる奴だったりすると、私が悪者みたいだしー。
:枯れた奴は張り合いが無くてねー。
上白澤慧音 :あ、そ。
風見幽香 :生真面目だったりするのが一番。あなたとか、人形遣いとか?
上白澤慧音 :―――――。
風見幽香 :遊んでくれる?
上白澤慧音 :……さて、幻想郷最強の妖怪か。
:では―――、偶には白澤の能力使ってみるか……。
風見幽香 :うふふ♪
:眠れる恐怖の意味を思い知るが良いわ。
上白澤慧音 :ふふん。長く生き過ぎたそなたなら知っているな。白澤の力を。
:―――――。私はそなたの能力を、正体を、そして「名前」を知っている。その意味は解るだろう?そなたが妖怪である限り、決して勝てはしない。
風見幽香 :承知の上よ。
:スペルカード・ルールでも私が最強よ!!
:―――――。
:―――――。
:……と、思ったけれど。
上白澤慧音 :無粋だな。
風見幽香 :野暮よね。
上白澤慧音 :全くだな。
風見幽香 :折角の花達が散ってしまうわ。
上白澤慧音 :こんな時は……。
風見幽香 :のんびり花を楽しむに限るわね。
:月に叢雲、花に風、とは言うけれど……。
上白澤慧音 :あだし世の夢待つ春のうたた寝に……。
風見幽香 :色深き花が香に、昔を問へば春の月、答へぬ影もわが袖に……。
:われ草木の花に心を染め……、花に染み花に馴れ行くあだし身は、はかなきものを、花に飛ぶ……。
*****
上白澤慧音 :折角だから詩の全文を挙げておこう。

:劉廷之「代悲白頭翁」(白頭を悲しむ翁に代わる)
:洛陽城東桃李花 (洛陽城東桃李の花)
:飛來飛去落誰家 (飛び来り飛び去って誰が家にか落つ)
:洛陽女児惜顔色 (洛陽の女児顔色を惜しむ)
:行逢落花長歎息 (行ゝ落花に逢うて長く歎息す)
:今年花落顔色改 (今年花落ちて顔色改まり)
:明年花開復誰在 (明年花開いて復た誰か在る)
:已見松柏摧為薪 (已に見る松柏の摧かれて薪と為るを)
:更聞桑田変成海 (更に聞く桑田の変じて海と成るを)
:古人無復洛城東 (古人復た洛城の東に無く)
:今人還対落花風 (今人還って対す落花の風)
:年年歳歳花相似 (年年歳歳 花相似たり)
:歳歳年年人不同 (歳歳年年 人同じからず)
:寄言全盛紅顔子 (言を寄す全盛の紅顔子)
:応憐半死白頭翁 (応に憐むべし半死の白頭翁)
:此白頭翁真可憐 (此の白頭翁真に憐れむ可し)
:伊昔紅顔美少年 (伊れ昔紅顔の美少年)
:公子王孫芳樹下 (公子王孫芳樹の下)
:清歌妙舞落花前 (清歌妙舞す落花の前)
:光禄池台開錦繍 (光禄の池台錦繍を開き)
:将軍楼閣画神仙 (将軍の楼閣神仙を画く)
:一朝臥病無相識 (一朝病に臥す臥して相識無し)
:三春行楽在誰辺 (三春行楽誰が辺にか在る)
:宛転蛾眉能幾時 (宛転たる蛾眉能く幾時ぞ)
:須臾鶴髪乱如絲 (須臾にして鶴髪乱れて絲の如し)
:但看古来歌舞地 (但看る古来歌舞の地)
:惟有黄昏鳥雀悲 (惟黄昏鳥雀の悲しむ有るのみ)
 (『唐詩選』所載)





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