今月の御言葉

○平成19年4月

慧音先生 今月の御言葉


  花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
    ふりゆくものは わが身なりけり

           入道前太政大臣『新勅撰集』


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上白澤慧音 西行寺幽々子


上白澤慧音 :……ほう。桜の花びらを追って来てみれば……。
:こんな所にも桜の樹が。
西行寺幽々子 :ふん、ふ〜ん♪
:あら、これは珍しいわね。
上白澤慧音 :ああ、白玉楼の主殿か。
:ん?今日は小さな従者はどうしたのだ?
西行寺幽々子 :妖夢なら、今頃宴会の後片付けよー。
:それよりー、こんな人間の里から離れた所で何をしているのかしら?
上白澤慧音 :偶には、喧噪を離れた場所で桜の花でも眺めようかと思ってな。
:むしろ顕界にそなたが居ること自体が異常なのではないのか?
西行寺幽々子 :そんな事無いわよ。白玉楼の庭みたいに沢山の桜の樹が咲き誇るのも良いけど、秘やかに咲く一本の山桜の風情もまた、堪らないのよねー。
:それに山は妣なる地。人の故郷にして、何時か必ず赴く終焉の地。人は遙か山中より来たり、其処へ帰るの。だから私には相応しい場所なのよ。
上白澤慧音 :………。なんだか詭弁に聞こえるがな。
:まあいい。確かにこうして人里を離れて見てみると、様々な桜を見ることができる。色も、咲き方も様々な花がな。
:桜花の季節もそろそろお仕舞いだが、こうして散り行く姿も良いものだな。
西行寺幽々子 :……そう、まるで降りしきる雪の様に。
上白澤慧音 :「花さそふ 嵐の庭の雪ならで……」
西行寺幽々子 :「……ふりゆくものは わが身なりけり」
:ああ、百人一首にも採られていた歌だったわね。
上白澤慧音 :――そう。花を誘い吹き散らす嵐の庭はまるで吹雪のよう、だがそこで“ふりゆく”のは、本当は花吹雪ではなく、老いゆく私自身であるのだ……。
:入道前太政大臣、つまり藤原公経(きんつね)の作品だ。天福二年(西暦1234)の後堀河天皇の命による勅撰和歌集『新勅撰集』の巻十六、雑一に「落花を詠み侍りける」として載っている。
:上の句の、雪の如き落花と吹きしきる風を表す表現が印象的だな。
西行寺幽々子 :そうねぇ。
:でも、この歌の主題は矢張り限りある生への執着、老いへの歎きではないかしら?
上白澤慧音 :当にその通りだな。「ふりゆく」の言葉は、は雪の「降りゆく」とわが身の「古(旧)りゆく」が掛けられている訳だ。
:藤原公経(西園寺公経、法名覚勝)は鎌倉時代中期の貴族だ。承安元年(西暦1171)内大臣実宗の子として生まれた。承久の乱前後の鎌倉幕府と強いつながりを持ち、藤原道長以来の権勢を誇った。寛元二年(西暦1244)に七十四歳という高齢で亡くなるまで、王朝最後の栄華を誇った幸運児なのだ。
西行寺幽々子 :随分贅沢な悩みよねー。
:源平の争乱から鎌倉と都の勢力争い、武家の台頭と公家社会の凋落という、激しい転変の世の中で、あんなにも幸福な人生を送ることができたのにねぇ。
上白澤慧音 :いや、恵まれた人生だったからこそ、老いと死への嘆きが切実だったのではないかな。
:一日一日を生き延びることに汲々としていては、そのような未来への不安や、失うものへの恐れを感じる暇も無かったろう。
:失われる現世の生活が良いものであればあるほど、そこへの執着も強くなるだろうからな。
:帝をも凌ぐと評された権勢の持ち主も、移りゆく時間への不安と怖れは消し去る事が出来なかったのだな。
:咲き誇る花が散ってゆく……。咲いた花は必ず散り行く。花は栄華と生命力を象徴すると共に、その後に訪れる避けられぬ終わり、死をも暗示するものだから……。
西行寺幽々子 :古りゆくものかぁ。
:――私の失ってしまったものね。……………。そう、古りゆき、散ってゆくのは私の周りの者達の方……。
:共に歩んでいるつもりでも、何時の間にか手の届かない所に行ってしまう。……私を置いていってしまうのだわ。
上白澤慧音 :……………。
:さて、この公経の思いには違う意味も含まれているように思える。つまり、彼はおそらく王朝文化、つまり貴族による文化の凋落が避けられず、昔の栄華は二度と戻らない事を意識していたように思えるからだ。
:彼が権力を握ることができたのは、ひとえに鎌倉幕府と強い関係を持っていたからだ。彼の妻全子は源頼朝の妹婿一条能保の娘であり、彼自身頼朝の恩人である池禅尼の縁戚にも当たる。鎌倉方の有力公卿である九条道家は公経の娘婿だ。さらに、三代将軍実朝没後に迎えられた将軍藤原頼経は彼の孫であるのだ。
:後鳥羽上皇による承久の乱の時には軟禁されたが、使者を鎌倉に派遣し、鎌倉方の優位を導いた。乱の後には天皇家の外戚となるなど、鎌倉方の勢力を背景に朝廷内政治勢力の再編を行い、権勢を握ったという訳だ。
:彼の権勢は並ぶ者もなく、世人をして、人事を勝手に行ったとか、世の姦臣であるとの評価まで生んだ。だが、それはあくまで幕府権力があってのことだ。嘗ての藤原道長の頃とは違う。それを聡明な公経は理解していたであろう。
:栄華を誇るその裏で、時の流れを嘆いた彼の思いには、そんな時代背景が影を落としていたのではないかな。
西行寺幽々子 :そうねぇ。確かに公経って、評判は良くなかったような……。『平戸記』だったかしら?
:でも、一方で非凡な文化人でもあったわよねぇ。琵琶が得意で、この歌をはじめ、勅撰和歌集にも沢山の歌が入集していたはずよ。
上白澤慧音 :うん。そう言えば、百人一首を撰んだことでも知られる藤原定家は公経や九条道家と関係が深かったので、承久の乱以降とても羽振りが良くなったと言われているな。定家の妻が公経の姉だったのだ。定家が源実朝の歌の師匠となったのも、この縁によると言われている。
:そうそう、彼が京都の北山に豪華な別荘と共に西園寺という寺院を建立した。以後彼の家流は西園寺家と呼ばれることになる。衣笠山の北西の地で、元々仲資王の領地だったのを、尾張の公経の領地と交換したものだ。西園寺は北山殿と呼ばれた別荘の中に建てられたが、それは藤原道長の建立した高名な法成寺を凌ぐものだったという。
西行寺幽々子 :あ、『増鏡』に言及されていたわね。
:「艶ある園を造りなし、山のたたずまひ木深く、池の心ゆたかに、わたつ海をたゝへ、峯より落つる流れのひゞきも、げに涙もよほしぬべく、心ばせ深きところのさまなり」
上白澤慧音 :その通り。元仁元年(西暦1224)北白川院らを招いて行われた落慶式が有名だな。だが、後には西園寺家の衰微とともにこの寺も荒廃し、現在は上京区寺町通鞍馬口下ル高徳寺町に移転している。
:この西園寺の跡地を譲り受けたのが、かの足利義満だ。そう、義満の山荘北山殿、後の鹿苑寺金閣は、かつての西園寺の地に建設されたのだ。
西行寺幽々子 :ふーん、意外な所で関わってくるのねぇ。
:実はね、西園寺の建立に際して、公経は桜も植えたのよ。「なつかしきほどの若木の桜なんど植ゑわたす」ってね。
上白澤慧音 :そして山桜の歌を詠んだのだったな。
西行寺幽々子 :「山ざくら 峯にも尾にも 植ゑをかむ みぬ世の春を 人や忍ぶと」
:………山桜を峯にも麓にも植えておこう、………後の世の人が、過去の春を懐かしく偲ぶよすがとなるだろうから。
上白澤慧音 :―――見ぬ世の春、か。
西行寺幽々子 :公経は遙か昔に土へと帰り……。
上白澤慧音 :西園寺の栄華も今や影もない。
:―――それでも。
:……それでもこの歌は残った。世の栄華は移ろい、名誉も権力も永遠ではないけれど。
:この地に桜のある限り、あの歌は、あの思いは生き続けるだろう。
:そう、春が巡ってくるたびに……。
西行寺幽々子 :そうねぇ、この世に生命のある限り、ね。
上白澤慧音 :ああ、花さ……。
西行寺幽々子 :はいはいはい!!!
上白澤慧音 :???。いったい何だ?
西行寺幽々子 :百人一首第九十六番、きまり字は三文字目の「さ」。小野小町の歌も「花」で始まるから注意してね!
:下の句は、「ふ」で始まる歌は3枚しかないので間違い難いので安心ね。
上白澤慧音 :はぁ、競技カルタね。
西行寺幽々子 :坊主めくりもできるのよ〜。
上白澤慧音 :全く、何の話だか。
:そなた達では、まともな勝負にならないだろう?
西行寺幽々子 :ま、そうよね、妖夢や藍は遠慮して手を出さないしー。
:紫はスキマ使うし、紅魔のメイド長とやると手の中で札が変わるのよねー。
上白澤慧音 :……既に遊戯ではないな。
西行寺幽々子 :ま、そんな事はどうでも良いのよ。楽しければね。
上白澤慧音 :(楽しいのか?)
:ああ、桜の花が散ってゆく……。
西行寺幽々子 :―――――。
:――あなた方は、あと何度この季節を迎えられるのかって考えたりするのかしら?
上白澤慧音 :……………。時には、な。
西行寺幽々子 :私も。時には、だけどね。
:一緒にこの桜を見られるのはあと何回だろうかってね……。
上白澤慧音 :……………。
西行寺幽々子 :さてと、今度は博麗神社にでも行こうかしら。
:また宴会しているかも知れないしー。
上白澤慧音 :そうか。
西行寺幽々子 :あなたは行かないの?
上白澤慧音 :静かに桜を愛でるのが目的だからな。
:宴会は少々賑やかすぎる。
西行寺幽々子 :そうねぇ。酒も騒ぎも無いけれど、偶には静寂の花見も良いかもね。
:ねぇ、ここにはまだ空き場所があるかしら。
上白澤慧音 :ああ、ここは一人には少し広すぎるようだ。
:この桜も、独り占めするには勿体ない………。
西行寺幽々子 :……………。
上白澤慧音 :……………。
   *****
人里離れた深山の片隅、
花の舞い散る桜木の下に、小さな影が二つ。
虚空より舞い落ちる雪の如き落花は、
あたかも一枚の絵画のように………。
あたかも一篇の詩のように………。



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