今月の御言葉

○平成19年8月

慧音先生 「殺人狂時代」より


  一人を殺せば犯罪者となり、百万人を殺せば英雄となる。
  数が殺人を聖化する。

    One murder makes a villain, Millions a hero.
    Numbers sanctify.

      
       チャーリー・チャップリン『殺人狂時代』より
                        From C. Chaplin's "Monsieur Verdoux"


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上白沢慧音 八雲紫


八雲紫 :One murder makes a villainten………。これは授業の準備?
上白沢慧音 :うむ。この時期だからな。って、又勝手に入ってきてからに………。
八雲紫 :定番って奴かしら?
上白沢慧音 :ああ、恒例の年中行事の様なものだが、矢張り知っておくべき事の一つだと考えているのだ。
八雲紫 :ふーん、年中行事ねぇ。そうね……、盂蘭盆の時期と重なっていることも、この雰囲気の形成に何らかの影響を与えているのかも知れないわね。
上白沢慧音 :確かに、死者に思いを馳せる日である訳だからな。
:まあ、今回の言葉自体は外国のものだがな。
八雲紫 :One murder makes a villain, Millions a hero. Numbers sanctify.
上白沢慧音 :「一人を殺せば犯罪者だが、百万人なら英雄だ。数が殺人を聖化する。」
:………これは戦争の本質を見事に言い表したものと言えよう。突き詰めてゆけば、どちらも結局は人を殺すことに変わりはないのだからな。
:正義を掲げ、愛国心を煽って行われる大量殺戮、戦争への痛烈な皮肉だ。
八雲紫 :犯罪者かどうかの定義も社会規範に規定されるから、何とも言えない部分があるけれどね。
:善悪や正義なんてものの境界が実は曖昧なものであることを示すという点では、ある真実を突いているとは言えるかもね。
上白沢慧音 :種全体を滅亡させることさえも可能な兵器を蓄積した人の殺し合いは、最早社会的にも生物的にも無くすべきものとなっていると私は思う。
:人間が文明的な存在である事を望むなら、憎しみの連鎖を生み出す紛争や戦争は、無くしてゆくべきものであろう。
八雲紫 :人間の世界では戦争によって様々な文明の利器が生み出されたのでは?
上白沢慧音 :そう、かつてはね。
:でも、今ではそのもたらす破壊と憎悪の影響の方が格段に大きい。
:今の世界では一旦戦闘が始まってしまえば、無関係でいられる場所など無い。
八雲紫 :こちらの世界以外ではね。
:……………。ふふふ。まあ、貴女は白澤だしね。
:でもね、妖怪も人を喰らうわよ?
上白沢慧音 :妖怪は生きるために人を喰う。あくまでそれは自然の摂理。
:人が様々な理由を付けて互いに殺し合う行為と同一に見る訳にはいかぬ。
八雲紫 :そうかしら?
:倫理観も含めて人間の規範だって、社会を維持するために“造られた”単なる方便ではないのかしら?
:だったら、人が殺し合うのも“自然”な事なのかもしれないわ。
上白沢慧音 :……………。
:―――そう、倫理も法規も人間にとっては、多数の合意によって規定される、社会を存続させるための決まり事という面が否めない。
:………それでも、私は戦争は悲劇だと思うし、その悲劇が無くせるならその方がよい。
:人数の多さに隠されているが、それぞれの死は固有の悲劇に他ならないのだから。一人一人がその人なりの物語を必死で紡いで居たはずなのだ。
八雲紫 :仁政を司る白澤らしい考え方ね。まあいいわ。
:でも、この言葉って、出典が怪しいのよね。
上白沢慧音 :ああ、そうだな。一般にはチャーリー・チャップリンの『殺人狂時代』Monsieur Verdouxでの台詞として知られているな。殺人者アンリ・ヴェルドゥの最期の言葉「一人を殺せば犯罪者となり、百万人を殺せば英雄となる。数が殺人を聖化するOne murder makes a villain, Millions a hero. Numbers sanctify.」としてだ。
:だが、それ以前に同じ言葉を言ったとされる人が何名かあるようだ。
:例えば、オランダの人文学者デシデリウス・エラスムスDesiderius Erasmus(1469-1536)は「たった一人を殺せば極悪人となる。多数を殺せば英雄となる」と述べたと言うし、英国の国教会の牧師ベイルビー・ポーテューズBeilby Porteus(1731-1809)も"Death, a Poem"中で同じ言葉を述べている。ポーテューズは英国国教会の改革者で奴隷廃止論者でもあったはず。
八雲紫 :まあ、これは一種の真実を示す格言である訳だから、彼より前に同じようなことを言った人がいてもおかしくはないわね。
:そう……、他にもフランスの浪漫派の詩人にして政治家のラマルティーヌ(1790-69)は「幾千の殺しは勝利と呼ばれる」と言っているわね。
上白沢慧音 ジャン・ロスタン(1894-1977)はもっと皮肉だ。「一人の人間を殺すと殺人者である。幾百万の人間を殺すと征服者である。すべての人間を殺すと神である」と言っている。
八雲紫 :「私達人類の歴史の頁は全て、宗教による虐殺か、法による殺人で血にまみれている」
上白沢慧音 :それはスタール夫人(1766-1817)の言葉だろう。彼女は本名ジェルメーヌ・ネッケル、スタール・ホルスタイン男爵夫人。ドイツ浪漫主義や観念哲学をフランスに紹介した文学者だな。
:ちなみに、ジャン・ロスタンはフランスの生物学者・作家(1894-1977)。単性生殖の研究と多数の啓蒙書で知られる。
八雲紫 :多数の中に埋没する個人の悲劇という点では、むしろスターリンやアイヒマンといった歴史上の“悪役”の言葉がぴったりだわ。「一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計に過ぎない」というヤツね。
上白沢慧音 :………そうだな。
八雲紫 :それは措いても、結局チャップリンの言葉の原典は何なのかしら?
上白沢慧音 :英語だし、直接的にはポーテューズの言葉かも知れないな。
:一方でエラスムスについては、ちょっと原文が見つからなかったので、元の言葉がどういう形だったのか分からない。時代的には最も古いのだがな。
八雲紫 :なるほどね。
上白沢慧音 :そうだ、肝心のチャップリンについても簡単に触れておこうか。まあ、必要はないだろうがね。
:チャーリー・チャップリンCharles Spencer Chaplin, Jr.(1889-1977)はイギリスの俳優、映画監督。喜劇の中に社会批判やファシズム批判を籠めた映画界の巨人、喜劇王。『街の灯』、『モダン・タイムス』、『独裁者』などの作品で知られる。そういえばエラスムス賞も受賞しているな。
八雲紫 :……………。
:でもね、こうして時を超えて同じ事が言われているということは、人はいつまでたってもその真理を学べなかったという事になるのではないかしら。
:そう、人間は愚行を繰り返してきた。いわばこれは人間の性。歴史はそれを雄弁に語っているわ。
貴女がここで何をしても、それは変わらない。
:………貴女はそれを知っている癖に。
上白沢慧音 :―――――。
八雲紫 :外の世界を追われ、それでも貴方は人間を信じるの?
上白沢慧音 :私は………。……それでも私は人間を信じたい。変わることが出来るのが人間だ。
八雲紫 :そう……。だから貴方は学校を、ね。
上白沢慧音 :私は信じている。学問の力を、教育の力を。そう、人は歴史から学ぶことが出来ると。
八雲紫 :教育の力を、か。ふふ、今は貴女のお手並み拝見といきましょうか。

上白沢慧音 :それにしても、そなた………何しに来たのだ?
八雲紫 :それは、偵察よ♪
上白沢慧音 :??配下の式神にやらせれば良いだろう?私は別に隠れて何かしていることなど無いぞ。
八雲紫 :そうねえ、貴女は識るモノだからねぇ。………まあ、貴女と話をするのも嫌いじゃないし。
:―――貴女が余計な動きをしないかどうかを、ね。
上白沢慧音 :!?
八雲紫 :貴女になら、分かるはず。止まった時が再び廻り出したことに。
上白沢慧音 :………。何を始める気だ?
八雲紫 :………さあね。
:ただ貴女に過去を弄られたりすると迷惑なのよ。
上白沢慧音 :そなた、まさか再び………。
:……………。
:あれからここまで来るのに、どれだけの時間がかかったことか。
:―――争いは何も生み出さない。唯悲哀と憎悪とを積み重ねるばかりだ。
八雲紫 :それはどうかしら?
上白沢慧音 :この世界の秩序に、混沌をもたらすつもりなら、私は……。
八雲紫 :ふふふ。相変わらずねぇ。
:此の世に永続的なモノなど存在しないし、どうせ貴女には何も出来はしない。
:でも、少し安心したわ。……貴女には変わって欲しくないから。
:じゃあね。
上白沢慧音 :あ、ちょっと待て。一体全体何を企んでる?
八雲紫 :……貴女は、本当………知って……はずよ。
:…答えは………の中に……………る。
上白沢慧音 :……………。
:そうか。八雲紫!そなたは………。

 上白沢慧音が視線を上げたその先に、大いなる隙間妖怪の姿は既に無かった………。
 今、何かが始まろうとしている。




参考文献
 ・ロベール・サバチエ(窪田般弥/堀田郷弘共訳)『死の辞典』読売新聞社1991

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