今月の御言葉

○平成19年12月

パチュ×慧音 アルビジョワ十字軍の言葉


  すべて殺せ。神は己のものを知り給う。

   Caedite eos! Novit enim Dominus qui sunt eius.

  
         アルノー・アマルリックArnaud Amaury


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上白沢慧音 パチュリー・K


パチュリー・K :……………。
上白沢慧音 :これは珍しいな……。
パチュリー・K :………私だって、外を出歩く事くらいあるわ。今日は天気も良い具合に曇っているし。
上白沢慧音 :で、何か?
パチュリー・K :そう、この本の著者について少し意見を聞いてみたいのだけれど。
上白沢慧音 :む。ああ、これか……………。

(……少女議論中)

上白沢慧音 :―――――と言う訳だ。参考になったなら良いが。
:……………。
:しかし……、そもそもこのような内容だったら、魔法の森の連中に尋ねた方が良いのではないか? 私は実践者ではないからな。
パチュリー・K :……いえ、これは貴女の方が良いの。
:私が求めるのは単なる知識ではない。……重層する過去を踏まえての見解。
:貴女は私たち程長く生きているわけではないけれど、歴史を知っているもの。否、貴女が歴史そのものなのかしら?
:何にせよ、過去とは私が今このように在る理由であり、私の求めるものも、そんな背景を抜きには理解できないわ。
:……だから、貴女に会いに来たの。
:この幻想郷には過去を知る妖怪は幾らでもいるけれど……、彼女たちはきっと正直に話をしてはくれないから。
上白沢慧音 :まあ、確かにそうかもしれない。
パチュリー・K :……とても参考になったわ。感謝するわ。
:――それにしても、貴女のような半獣が、良く人里で普通に暮らしていけるわね。
上白沢慧音 :ここはおおらかで寛容だからな。――単に大雑把で適当なだけのかも知れぬが。
パチュリー・K :人と人外が共に暮らす……、か。……私にはまだ信じられないけれど。
上白沢慧音 :人間達もそう捨てたものではないと私は思うが。
パチュリー・K :そう? 私が生きた人間達の中に見出したのは狂信と絶望だけだった。
:異質な者への怖れと憎しみ。……人の手に負えぬ天災を畏れ、権力による戦争を怖れ、疫病を怖れる。行き場のない怨みや恐怖は自分たちと異なる者へと向かう。そんな負の感情が渦巻く世界。
:それこそが私の見たヒトの世界……。
:……私はただ、この世の真理が知りたかっただけなのに。
上白沢慧音 :―――――。
:人は弱い生き物だからな。
パチュリー・K :結局、移り行く現世には真理など見出せなかった。
:真実の美名の後に隠されたのは、利己的で排他的な人間の本質……。
:神の名の下に、絶対の正義として行われてきたのは……。
:……貴女なら知っているでしょう?
上白沢慧音 :人は過ちを犯す。
:そう、確かに歴史上の蛮行はその多くが正義の名の下に行われたものだ。だが………。
パチュリー・K :「すべてを殺せ、神は己のものを知り給う」
上白沢慧音 :!!
:それは……。
パチュリー・K :……これが“神の代理人”の言葉よ。
上白沢慧音 :ああ、シトー会の教皇代理の言葉だな。
:確かアルビジョワ十字軍がペジエを陥落させた際の言葉だとか……。
パチュリー・K :……1209年のペジエ陥落時に、十字軍はカタリ派教徒ばかりでなくカトリック教徒をも虐殺したの。
:異端と“正統な”カトリック教徒とを如何に区別するのか、と尋ねられた教皇特使のアルノー・アマルリックが言ったのよ。「すべてを殺せ……」とね。
:約一万人の市民のうち、カタリ派は僅か500名ほどだったというのに。
:……彼等は同じカトリック教徒を殺害することにも、良心の呵責など感じなかったのでしょうね。
上白沢慧音 :アマルリックか……。悪名高きアルビジョワ十字軍の指導者だな。
:この言葉こそ、まさにこの十字軍を象徴していると言えよう。
パチュリー・K :……ペジエ市民を「職により、性別により慈悲を示さず」殺害したことを誇らしく述べているわ。 
上白沢慧音 :大異端とその周辺には悲惨な話が満ち満ちているな。
:異端審問、魔女狩りと続く混迷の歴史の一端か……。
パチュリー・K :しかも、こうした宗教的な名目の裏には極めて世俗的な欲望が隠されているの。……本当に醜悪だわ。
:野心家が十字軍を利用してフランス南部での領土獲得を狙ったのよ。……初期のアルビジョワ十字軍を率いたシモン・ド・モンフォールもそうだった。
上白沢慧音 :イングランド議会を招集した同名の人物の父親だな。パリ盆地の領主でフランス王の家臣でもあった人物だ。武勇に優れ、宗教的情熱を持った人物だったと言うが――。
パチュリー・K :領土的な野心を持った非情な人間よ……。
:ラングドックを蹂躙した彼は何百人ものカタリ派を焼き殺していった……。
:ラヴォールのジェラルダはご存じかしら?
上白沢慧音 :ラヴォール城の寡婦(ダーム・ド・ラヴォール)ジェラルダだな。
パチュリー・K :ええ、異端と決めつけられた彼女は井戸に投げ込まれ……。
:シモン・ド・モンフォールはそこへ悲鳴が止むまで石を投げ込んだのよ……。
上白沢慧音 :……………。
パチュリー・K :……これらは皆、神の名の下に行われたの。神の美名は、人々に自ら考えることを放棄させ、その人間性や理性を奪っていった……。
:一人一人ならば心優しく弱い人間が、普通ならとてもできないようなことまでもするようになってしまう。そして、そんな人間の闇が私には見えてしまうから……。
上白沢慧音 :だが、黒幕は宗教を利用した領主や国王、権力を指向したインノケンティウス三世の教皇庁なのではないか?
:アルビジョワ十字軍の本当の目的はパリのカペー朝王権の拡大だろう?
: 宗教的な目的など本来は口実に過ぎない。実体は南部の独立的・先進的なオック語文化圏を北部のオイル語文化圏が制圧したということだ。つまり、フランス王とそれに近い北部領主の野望が十字軍派遣の真の原因と言う訳だ。
:従って、一般の信者は謂わば踊らされたのでは?
パチュリー・K :……確かにね。アルビジョワ十字軍に関してはそうした面は大きいかも知れない。
:でもね、多くの異端審問や魔女狩りではそうとばかりは言えないの。
:……決して少なくない市民や農民たちがこうした行為に積極的に関わったことも事実なの。犠牲者を欲していたのは、権力者たちだけではない―――。
上白沢慧音 :う………、む。
パチュリー・K :……勿論世俗的な動機が深く関わるのも事実。……スペインの異端審問やフランス王のテンプル騎士団の弾圧などにはそうした疑いが極めて濃いわ。
:……おそらく宗教的な理由など表向きに過ぎなかったアルビジョワ十字軍では、内紛が絶えなかったようね。戦争の最中にもかかわらず、シモン・ド・モンフォールがアルノー・アマルリックと仲違いして破門されたりしているわ。
上白沢慧音 :それはカタリ派の住民を護る側にあるはずの領主達も同じようなものだがな……。
:結局住民達は領主の都合に振り回されるのだ、その信仰でさえ。
パチュリー・K :……シモン・ド・モンフォールは、1218年にトゥールーズでラングドックの諸侯から反撃を受けて戦死してしまうわ。投擲器の石に打たれてね。そしてシモンの息子アモーリーは占領地を確保できず、カルカッソンヌへ撤退を余儀なくされる。
:この後、アモーリー・ド・モンフォールから権利を譲渡されたフランス王ルイ八世が、ラングドック併合に直接乗り出してくることになるの。そして1229年、将来全ラングドックがフランス王領へと併合されるという協定をルイ九世とトゥールーズ伯が結ぶことでアルビジョワ十字軍は終結する……。
上白沢慧音 :西暦1209年から1229年に渡る二十年(一説には1181〜1229年)もの混乱……。最早これは宗教戦争ではなく、領主どうしによるこの地の覇権を巡っての争いに過ぎぬ。
:……カタリ派の住民は見捨てられたか。
パチュリー・K :……領主の援護を失ったカタリ派は、1229年以降の異端審問制度によって追いつめられて行くわ。
:そして、堅固な要塞モンセギュールに立て籠もって最後の抵抗を続けたの。
:でも……。
上白沢慧音 :北ピレネーの麓、フォア伯領の城塞。天嶮に護られた難攻不落の砦。迫害から逃れた異端者の最後の避難所……。
パチュリー・K :あとに残るは“火刑者の野”から立ち上る煙ばかり……。
上白沢慧音 :1244年、モンセギュール陥落、これを機にラングドックでのカタリ派の勢力は衰えて行く。
パチュリー・K :……“同じ神”を崇めながら殺し合う。……己の欲望を信仰上の動機にすり替える。
:私の知っている「神の子ら」はそんなものだった……。
:しかも、結局苦しむのは末端の名も無き信者たちばかり。
上白沢慧音 :……そうだな。
:カタリ派の指導者達は教義についての知識もあったろう。そして、自分たちの置かれた立場もある程度は理解できていただろう。
:だから彼等は弾圧も恐れなかったろうし、その覚悟も出来ていただろう。
:だが、一般の信者たちは、戦争に巻き込まれた市民達はどうだったろう。
:ただただ、良い基督教徒となろうとしていただけではないのだろうか?
:権力と結びつき、財力を蓄える既存の教会よりも、清貧で宗教心の篤いカタリ派の完成者を人として信頼していただけではないのだろうか?
パチュリー・K :そう、……一般の信者は、異端など意識したことも無かったのではないかしら。
:ラングドックは閉塞した西欧諸国とは異なり、宗教的に寛容で国際的な風土を持っていたのに……。ユダヤ人でさえ、かの地では厚遇されたわ。
上白沢慧音 :後にカタリ派とユダヤ・カバラ学派の関連が囁かれるようになったのは、そのためだったな。
パチュリー・K :……『光明の書Sefer Ha-Bahir』を生み出したのはこのプロヴァンスのカバラ学派なの。
:自由で寛容なラングドックでは、多種多様な文化が繁栄したわ。十二世紀ルネサンスの一大中心地であり、トルヴァドール叙情詩の生まれた処でもある……。
上白沢慧音 :カタリ派、ワルド派、リヨンの貧者……。“正統な”教会からは異端とされた、彼等改革派の説教師達は、慎ましやかな祈りの生活を送り、世俗的で裕福なカトリック聖職者とは著しい対照をなしていたという。
パチュリー・K :自分と価値観の異なる者を、理解できない者を怖れる。
:結局その断絶は、寛容さではなく、血腥い力の介入による解消が図られる……。
:……そして、悲劇が。
:―――――。
:何故神はこんな理不尽な苦難を与えるの?
:何故神の名の下でさえあれば、どんな行為も赦されるの?
上白沢慧音 :宗教的不寛容さによる悲劇は世の常だ。
:……一神教が必然的に抱える冥い側面なのかもしれぬな。
パチュリー・K :嗚呼、自分たちは正義だと、人は何故そんなことを確信できるの?
:何故自分たちの神だけが正しいなどと思えるの?
:……異なる価値観を認めない、それが人間の「信仰」の本当の姿なの?
上白沢慧音 :人の生を豊かにするはずの信仰が、逆に人々を抑圧することになってしまうのだな……。
:だが、人間は変わることができる。だから、いつかきっと……。
パチュリー・K :―――――。
:……そして私は確信したの。私が求め続けてきたこの世界の真理は、……決して信じることから得ることはできないのだと。
上白沢慧音 :それは―――。
パチュリー・K :昨日まで清貧な聖者として尊敬されていた人物が、一転邪悪な反キリスト者として弾劾させる……。人や家畜の病を癒し、産婆を務めた“賢い女”たちが魔女として焼き殺される……。
:私はそうしたことをずっと見てきたのよ。
:……だから、私は……現実世界を見ることを止めたの。
上白沢慧音 :そうか、それでそなたは結晶化した想いのみを集めるようになったのか……。
パチュリー・K :……私を裏切らないのは書き留められた文字だけ。だから私は本と共に在り、……本こそ私の存在そのもの。
:……私の望みは、……何時の日か何にも侵されない真理と叡智の殿堂を築くこと。
:でも。私はまだ迷っているのかも知れない……。
:幻想郷へ来て、彼女たちと出会って……。
上白沢慧音 :……そう、もしかしたらここは“違う”のかもしれないな。
:幻想郷―――、人と妖怪との境界さえ曖昧な世界。
:この地においてなら、寛容さと信仰、自分と異なる他者の存在を認める世界の実現を期待できるのではないかな?
:本を残した者達の想いを受け継ぐ者があり、そして歴史に思いを馳せる者もいるのだから。
パチュリー・K :……私たちは歴史に学ぶことができるのかしら。……そして本に残された想いに答えることができるのかしら。
上白沢慧音 :時には未来に希望を抱くことも必要だろう。可能性はいつも開かれているものだ。
:始めから諦めてしまえば、何も始まらない。
:……この地には、それを可能にする何かがある。
パチュリー・K :……そうね。
:年の終わり、新たな年を迎える時くらい、……夢を見るのも良いかも知れないわ。
:新しい世界――。もしそれが実現すれば……、私が探していたものも見つかるかも知れない。
上白沢慧音 :ああ、きっと世界は変えることができる。
:歴史と、人々の思いの籠められた本に関心を持つ者がいる限り。
パチュリー・K :……例え救世主はいなくとも。
:―――――。
:調和に満ちた世界の実現を願うのも、悪くはないわね……。
上白沢慧音 :そう、例えそれが見果てぬ夢でも……。




参考文献
 ・ユーリー・ストヤノフ(三浦清美訳)『ヨーロッパ異端の源流』平凡社1963

 ・ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』東京創元社1990
 ・森島恒雄魔女狩り』岩波書店1970
 ・ノーマン・コーン(山本通訳)『魔女狩りの社会史』岩波書店1999
 ・ジャン=ミシェル・サルマン(富樫瓔子訳)『魔女狩り』創元社1991

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