今月の御言葉

○平成20年4月

鍵山雛 「勧酒」


  コノサカヅキヲ受ケテクレ
  ドウゾナミナミツガシテオクレ
  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ


  
   井伏鱒二(訳詩)「勧酒」『厄除け詩集』1937


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上白沢慧音 鍵山雛


??? :それ以上こっちに来てはダメ!
上白沢慧音 :はじめまして。里の者達がいつも世話になっている。
??? :私に近づかないで!
:私の周りには厄が集まっているの。私のせいで他人が不幸になるのは本意ではないわ。
上白沢慧音 :秘められし小さき女神よ、私は白澤の力を得し者なのだ。
:白澤はその存在自体が厄除けの護符の如きものだ。だから心配は無用だ。
鍵山雛 :白澤……、それではあなたが――。
上白沢慧音 :私は上白沢慧音、里に住まう人ならざるモノだ。
鍵山雛 :ああ、私はあなたを知っているわ。……そう、確か子供達が……。
:あの時も、水面の輝きが……………。
:―――あ、ごめんなさい。白澤の力、ね。でもやっぱり心配だから、私には近寄らない方が良いわ。別に私自身が不幸になる訳ではないし、あなたがわざわざ危ない事をすること無いわ。
上白沢慧音 :……そうやって、いつも独りで人間の厄を見守り続けてきたのか?
鍵山雛 :―――――。決して独りではないわ。私は流し雛たちと一緒だもの。それだけではないわ。私は山の自然とも一緒に居られる、そしてそこに連なる里の暮らしともね。
上白沢慧音 :ふふっ。まあ厄については、私が構わないと言っている訳だし、勝手に一緒に居させて貰うさ。
:この川辺はちょっと暗いけれど、それでもほら、見事に山桜が咲いている。
鍵山雛 :―――――。
:山桜……。山にもようやく春がやってきたのね。
:山の桜は華やかな里桜の咲き振りにはとても敵わないけれど。
上白沢慧音 :否。古来からの桜の美しさは、寧ろこうしたささやかな山桜の花にこそあると言うべきだろう。
:まあ、豪華に咲き華やかに散る里桜にも、秘やかに咲く山桜にも、そのそれぞれに良さがあると言うことだな。
鍵山雛 :……最後に誰かと共に花を見たのは、一体いつのことだったかしら。
上白沢慧音 :さて、それでは。
:「コノサカヅキヲ受ケテクレ」
 「ドウゾナミナミツガシテオクレ」
鍵山雛 :まあ、そんなものまで。
:……井伏鱒二の「勧酒」ね。
:ハナニアラシノタトヘモアルゾ……。
:これは訳詩、だったかしら?
上白沢慧音 :うん。初出は昭和10年(西暦1935年)3月の『作品』に掲載されたものだが、一般には昭和12年に野田書房から出版された『厄除け詩集』で知られているな。
:晩唐の詩人于武陵の詩を訳したものだ。
鍵山雛 :これ、元の詩よりも井伏の訳の方が有名なのではないかしら?
上白沢慧音 :そうかも知れないな。訳といっても一般的な意味での翻訳ではなく、翻案というか、むしろ一つの新しい作品と言っても良いものだと思う。
:日本語の一篇の詩としても素晴らしい出来なのではないかな。
鍵山雛 :……そうね。元の詩も悪くはないと思うのだけど。
上白沢慧音 :確かにそうだな。于武陵の詩は
:勧君金屈巵 (君に勧む 金屈巵)
 満酌不須辞 (満酌、辞するを須(もち)いず)
鍵山雛 :花発多風雨 (花発(ひら)けば風雨多し)
 人生別離足 (人生 別離足る)
上白沢慧音 :さあ、この黄金の酒盃を君に勧めよう。遠慮は要らない。この世では、花が咲けば嵐が起こるものだし、人生に別れは多く、それは避けられるものではないのだから。
鍵山雛 :……「サヨナラ」ダケガ人生ダ。
上白沢慧音 :于武陵は唐時代の西暦810年生まれ、長安(陝西省西安市)南郊の杜曲の人だ。進士となったが官職には就かず、書物と琴を携えて各地を放浪したという。洞庭湖周辺の風物を愛して定住を願ったが叶わず、晩年には洛陽東の嵩山の南に隠棲したと伝えられる。現在『于武陵集』一巻が残る。
:この「勧酒」は『唐詩選』にも採られていて、彼の最も有名な詩だろう。
鍵山雛 :……私は別離のために生まれ、そして又、私の運命は別離から始まった。
:……水が温み、春を迎えたあの日。私は……。
上白沢慧音 :?
鍵山雛 :ゆっくりと流れてゆく……。周りの…景色……が……。ああ、まるで上巳の曲水の宴のように。
上白沢慧音 :―――――。
:小さき神、……いや鍵山雛よ。……そなたもかつて人に創られたのか?
鍵山雛 :え?、ああ。そう、あの日、私は彼女に別れを告げた。
:花、白酒、……。そして別れる時、彼女は涙を流してくれた。
:私は彼女のために、彼女の災厄を引き受ける――はずだった。それなのに……。
上白沢慧音 :……………。
:それで今でも人間たちのために、厄を集めているのか?
鍵山雛 :私は厄神、それが私の存在意義だもの。
上白沢慧音 :誰も近づけず、たった独りで冥き山中に居続けることになっても、なのか?
:人間は忌避すべきあらゆるモノを、本来半身たるそなたたちに押し付けたに過ぎない。だから、そなたが人間たちが排除したものを引き受け続けても、人間たちは感謝すらしてくれないかも知れないのだぞ。
:……この前人間に会ったろう。
鍵山雛 :ええ、私のことは全く知らなかったようね。
上白沢慧音 :良いのか? それでも。
鍵山雛 :勿論。あなただって何か代償を求めて里を護っている訳ではないのでしょう。それに、これが私の運命だもの。
上白沢慧音 :そうか。……そうだな。
:はは。流石は神様だ、意外に強いのだな。
鍵山雛 :そんなことは無いわ。私には運命を変える程の力が無いだけなのだもの。
上白沢慧音 :否。運命を受け入れる事も、また強さに他ならない。
鍵山雛 :厄神の心配をするなんて、……あなたは変わってるのね。
:でもありがとう。
上白沢慧音 :―――――。
:……今は新たなる春の訪れを祝おう。嵐が花を散らす前に。
鍵山雛 :そうね。この世界がたとえ「サヨナラ」ばかりであっても、別れがあれば必ず出会いがある。だからこの世界も決して捨てたものではないわ。
:だから、せめて今はこの新たな出会いに感謝しましょう。
上白沢慧音 :桜は決して大きくはないが、二人の花見になら充分だろう。
:そう、今はこの桜の下で、共にささやかな宴を。





鍵山雛 :あの……。これまで桜の季節に登場したのは、ほとんど妖々夢のキャラクターだったんだけど、何故今回は私なのかしら? 秋に登場したのに。
上白沢慧音 :うーん。それは出典が『厄除け詩集』だからだろう。
鍵山雛 :あ、やっぱり。




参考文献
 ・井伏鱒二『厄除け詩集』講談社1994
 ・前野直彬注解『唐詩選』(下)岩波書店1963
 ・松波茂夫編『中国名詩選』(下)岩波書店1986

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