今月の御言葉

○平成21年11月

紫先生 いのちは闇の中のまたたく光だ!!


 墓所の主「お前は危険な闇だ
      生命は光だ!!」
 ナウシカ「ちがう いのちは闇の中のまたたく光だ!!
      すべては闇から生まれ闇に帰る」

    宮崎駿『風の谷のナウシカ』(7)徳間書店1995,pp.201-202

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八雲紫 綿月豊姫


綿月豊姫 :……小人愚者を囮とし目を欺かんとす。浅はかなものよ。
:さあ、私と一戦交えるかね。
八雲紫 :小人……、愚者……。きっとあなた達にはそう見えるのでしょうね。
綿月豊姫 :ふん。地に這い蹲る者のくせに何を言うか。無い頭を使って天網をかいくぐろうとした愚かな妖怪風情が!
八雲紫 :無い頭を使って……ねぇ。
:ふ――智に誇れば道亦(また)昏(くら)しとはよく言ったものね。
綿月豊姫 :この期に及んでまだそのようなことを。そちらがその気なら止むを得ません。
:御覧なさい。これは素粒子のレベルで浄化する風を起こす。そんな月の最終兵器相手に貴方はなにができる?
八雲紫 :うふふふふ。
綿月豊姫 :な、何がおかしい!
八雲紫 :あなたは残酷だけど優しい。内心穢れを恐れてもいる。きっと生命を奪うことはできないでしょう。
:だからこの世界にあってはあなたは私を止められない。ここは月ではない。
綿月豊姫 :そんなことはありません。こ、この世界など――。
八雲紫 :もっとも、あなた達が愚か者で地上の生命を殺戮し、根絶やしにすることで本当に清浄が得られるなんて考えているなら別でしょうけれど。
綿月豊姫 :う……。
八雲紫 :あなたの持つそれは浄化の道具などではない。兵器は凶器。数多の命を刈り取る罪深き死の尖兵に過ぎない。
綿月豊姫 :こ、この地上に生きるものはすべて穢れた存在です。そんな者どもなんて――。
八雲紫 :……………。
:あはははは。
:降参降参。もともと戦う気なんて無いわ。ええ、私は好きにするがいいわ。でも地上の生き物には罪は無い、だから――。
綿月豊姫 :否。地上に住む、生きる死ぬ。それだけで罪なのです。
:無限の生で穢れた森、幾多の死で満たされた土、悍しい四足の声。地上は穢れに満ちている。ならば……。
八雲紫 :ふぅ。亢龍悔いあり……か。
:世界を単純に清浄と汚濁に分けてしまっては何も見えないわ。
綿月豊姫 :何ですって!?
八雲紫 :生きとし生けるものの営みを穢れとしか捉えられぬあなた達には決して分からない。
:生命とは何なのか、私たちは何者なのかをね。
綿月豊姫 :黙れ黙れ黙れ。
:レイセン! この者達を捕らえなさい。その神様さえ封印するフェムトファイバーで!!
八雲紫 :哀れね。そんなもので本当に神様を封印できたと思っていたの? 神様の力は信仰の力、祈りの形は縛れても、心までは縛れはしない。人々が本当に心を寄せていたのはいったい誰だったのか、あなた達は思い至らなかったのかしら。
:生き物はあなた達が思っているよりずっと賢く、ずるいものよ。
:もっとも、あなた達の師匠は気づいていたようだったけど。
綿月豊姫 :!?
八雲紫 :人己に同じければ則ち可とし、己に同じからざれば善なりと雖(いえど)も善とせざる。之を矜と謂(い)う。
:結局、あなた達の言う清浄など、己の信念に反する者を弾圧するための体の良い支配の道具に過ぎない。そんな月世界の清浄などいらぬ。
綿月豊姫 :違う違う。清浄な私達こそが生命のあるべき姿。至高の存在なのよ。
:いいこと? あなた達は愚かしくも滅びの道をたどっている。このままでは地上世界に未来はない。唯一残された正しい道は私達の歩んできた道、それしかないのよ。穢れたあなた達の行く先には虚無の闇が広がるばかりだわ。
:私達はあなた達の歴史を知っている。あなた達が繰り返してきた愚行の長い長い目録を。みな自分だけは過ちをしないと信じながら業が業を生み、悲しみが悲しみを作る輪から脱け出せない。
:あなた達はいつか来る、次なる「朝」を越えることはできない。
八雲紫 :確かに私達は愚かでちっぽけな存在。でも、それでも私たちは明日へ向かって飛ぶ。たとえ未来が、その「朝」が苦難と絶望に満たされていようとも、私達はその朝に向かって生きるでしょう。
:そう、私達は血を吐きつつくり返しくり返しその朝をこえて飛ぶ鳥だ!!
綿月豊姫 :否!否否否!!!
:地上の苦界に生きる愚かで穢れた者達よ。あなた達はきっと飽きることなく同じ道を歩き続ける。それは死の穢れに満ちた絶望への道だ!!
八雲紫 :……そうね、確かにそうかもしれない。
:だがそれは、私達の未来はこの大地が、この星が決めること。
綿月豊姫 :虚無だ。それは虚無だ!!
八雲紫 :汝知らずや。この世界に存在する、いたわりも友愛もすべて虚無の深淵から生まれしことを。
綿月豊姫 :貴方の考え方は危険な闇だ。本当の生命とは清浄な光よ!!
八雲紫 :ちがう いのちは闇の中のまたたく光だ!!
:すべては母なる大地に抱かれた闇から生まれ、闇に……母なる大地に帰る。
:私達の生命は風や音のようなもの……。生まれ、ひびきあい、消えていく。

:ここに生きることが罪なのなら、私は喜んで罪人となろう。この地に生き、死ぬことが穢れなら、私は進んで受け入れよう。
:そう、私達はたくさんの死によって生かされているのだから。
綿月豊姫 :罪を負い穢れを身に受けつつ、なお不確かな未来しか描き得ぬ此処に生きるというの?
:苦しみや悲しみに満ちたこの地上で、死を恐れ、病におびえ、互いに争いながら。
八雲紫 :ええ。気高く強く、そして哀れな月人よ。私は疑わない。あなた達の生き様もかつては強い信念に基づく理想を追うが故のものであったことを。だが、それに拘り固執するあまり何時しか最も醜いものになってしまった。生きるとは何か知ることもなく。空虚な永劫の中、死を否定した月の都こそが生命への最大の侮蔑だということにも気づかずに。
:あなた達は忘れてしまった……。清浄と汚濁こそ生命だということを。そう、苦しみや悲劇や愚かさは あなたたちが夢想する“清浄な世界”でもきっとなくなりはしない。それは私たち生き物の一部だから……。そして、だからこそ苦界にあっても 喜びやかがやきもまたあるのに。

:巨大な技術や武器や沢山の哀れな下僕などなくとも 私達は世界の美しさと残酷さを知ることができる。私達の神は一枚の葉や一匹の蟲にすら宿っているから。それは何者にも縛ることはできないわ。
:生命とは混沌と秩序の狭間、カオスの縁にこそ存在するもの。破壊も慈悲も、清浄も汚濁も、その全てを含んだ地平のあわいに立ち現れる境界こそが私たちの世界。
:帰るがよい。清浄と言う名を持つ静謐なる死の世界へ。帰るがよい。虚しき勝利と共に。

:死を厭い偽りの浄土を作り上げた哀れな月人よ、あなた達だって生きているはずなのに。
綿月豊姫 :……………。
八雲紫 :憐れな月人よ。死を抱くことのない大地は何かを生み出すこともない。
:閉ざされ、時の止まった世界の中で、己の信じるものを永遠に守り続けるがいいわ。
綿月豊姫 :わ、私は、月の誇りにかけて……。
八雲紫 :あなたには解らないのでしょう。なぜあなた達の師匠が、姫が月の都を捨てたのか。彼女たちが地上に留まった訳を。
:あなたにはその理由を考えて欲しい。彼女達がこの地上に見出したものを。
綿月豊姫 :師匠――八意様の思い。この――地上に。……八意様。
:……………。
:いいえ、私達はあなたの考えを認めるわけにはいきません。
八雲紫 :――そう、残念ね。ではこれは返しますよ。穢れを知らぬ縄、本来何に使うべきだったのか、良く考えることね。
綿月豊姫 :八意様には予定通りの報告をすることとします。

:……では、ここでお別れです。今後お互いの運命が交差することも無いでしょう。もう二度と会うことはありますまい。
:……さらば傲慢で愚かな地上の妖怪よ、心することね、もう“次”はありませんよ。




八雲紫 :……ふっ。
:折角地上にまで呼び寄せたのに……。
:まあ、幻想郷への扉は常に開いているわ。いつの日か彼女たちが永遠亭の二人の心を理解できたなら――その時はまた相見えることとしましょう。





参考
 ・宮崎駿『風の谷のナウシカ』(全7巻)徳間書店
 ・ZUN+秋★枝『東方儚月抄』(全3巻)一迅社

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