春告精 リリーホワイト

春告精


 春告精 .   冬去りて東風吹かば
  このものゝ訪れあり
  されバたとひ白雪残れども
  春光春栄今将に
  邑里に至らんとす
  雪の内に 春は来にけり
  春告精の 凍れる涙
  今やとくらむ
 春を運ぶ妖精、リリーホワイト嬢です。
 
 何処よりか現れ、春の訪れを告げる妖精ですね。
 自然現象より生まれる妖精の中でも新たな生命の季節である春に活動する彼女は、ある意味、季節感あふれる幻想郷世界の象徴的な存在と言えるかもしれません。

 妖々夢に登場して以来、立ち絵やスペルカードどころか台詞さえ無いリリーさんですが、妖々夢の出現シーンや花映塚での困った弾幕で印象深いキャラクターです。
 花咲く春という、何だかフワフワして浮き立つような気分を体現した存在とも言えましょう。さらに、私は妖々夢4面の道中曲「天空の花の都」が大好きなので、そんな意味でもこのリリーの登場するシーンは印象深いです。一連の作品の中でも一ニを争う道中の名シーンだと思っています(風の3面も好きですが)。

 丁度妖精大戦争の委託が開始された訳ですが、“妖精”は元来西洋のもので、日本でこれに当たる存在は何かを考えると結構難しいものがあります。おそらく妖怪や化け物と呼ばれる存在の中に含まれていると考えれば良いのでしょう。座敷童をはじめ子供の姿の妖怪も多いですし、性質を考えても重なる部分を持つものは少なくはありません。
 とまれ、今回は日野法界寺の壁に描かれた飛天像(重文)を参考にしました。だから手に蓮華を持っているんですね(余談ですが、法界寺はお奨めスポットです。建物も仏像・仏画も、周辺環境も素晴らしいです)。

 一方、詞書きの中の歌は二条后(藤原高子)の歌“
雪のうちに春はきにけり鶯(うぐひす)のこほれるなみだいまやとくらん”(『古今和歌集』巻第一、春上四、「二條のきさきの春のはじめの御うた」)から取ったものです。鶯の漢字は本来異字体なのですが、表示できないので。
 ウグイス(鶯)は日本では
春告鳥として知られています。報春鳥、花見鳥とも呼ばれ、特に梅とウグイスの組み合わせは画題として良く知られています。西欧・北欧では恋の使者とされているそうです。鳴き声も「法華経」や「月日星」(三光)と聞かれるなど、人間に身近な鳥だあっただけに様々な物語や民俗的知識が伝えられています。
 例えば、ウグイスは異界との関わりを持っているのです。それは“見るなの屋敷”あるいは“鶯の内裏”として知られる昔話に見ることができます。この物語は一種の報恩譚で、ウグイスを助けた男が荒野の中の一軒家に招かれ、四季の花々に満ちた十二の座敷を見物します。ところが、見ることを禁じられていた十三番目の座敷を覗くと、ウグイスが法華経を読んでおり、同時に全ては幻と消え、ただの荒野に戻ってしまいます。これはいわば四季の庭という異界(一種の理想郷)へ誘われた者が、禁忌を犯したためにそこを追われるという物語なのですね。異界との媒介者がなぜウグイスなのかは、鳴き声が「法華経」と聞かれたことも関係しているのでしょうが、興味深いです。
 なお、ここに見られる異界観については境界論の一部としてこちらで論じたことがあります。
 ちなみに、春告鳥とされるのはウグイスばかりではありません。しばしばカッコウも春の訪れを告げる鳥とされます。西欧でも春と結び付けられ、例えば春のシンボルとしてギリシアの女神ヘラの笏にこの鳥が付けられているそうです。


参考文献
  荒俣宏編『世界大博物図鑑』(鳥類)平凡社1987
  岩城秀親・井上章一『法界寺』(『古寺巡礼京都25』淡交社2008
  佐伯梅友校注『古今和歌集』(『日本古典文学大系8』岩波書店1958)
  小松和彦『神隠し』弘文堂1991
 ほか


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