境の殺戮




 ……痛い、苦しい。
 ……寒い。
 ……悲しい。
 ……悔しい。

 あの境が、恨めしい……。
 あれさえ無ければ。
 あの境界さえ、越えることができたなら。


 ……欲しい。
 欲しい、力が……。

 せめてあの境界を……。
 ……………。


 ほんの少しで良い、あの境を……、越える、ちか……、ら、を……。

 ―――――。


 ……………。



 ……………。






*****



 暑くも寒くもなく、
 明るくも暗くもない。

 時間さえも曖昧な朧なる世界の片隅に、何時からかさえ既に定かではなく、
 ゆっくりと、しかし次第にはっきりと形を得て、

 私は其処に在った。

 あたかも遙かなる太古から其処に、そのままの姿で在ったかのように。


 哀しみ、恨み、怒り、憎しみ、痛み、妬み、苦しみ……。
 流れ込む強い感情のうねりは、いつか混然となって、
 やがて私は静かで純粋な「力」で満たされた……。



 ああ、何か哀しい幻を見ていたような……。


 私はゆっくりと起き上がる。

 此処には世界が、私には力がある。
 そうだ、夢を、私の望みを、今こそ……。




 嗚呼、私はやっと思い出す。



 私の名は……。


 我が名はゆかり……。

 八雲……、紫。境界を統べるもの……。




(了)



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