境の殺戮




 ある日、
 わたしは目覚めた。


 何時から此処にいたのか、
 どこからやってきたのか、
 そもそも、どれくらいの長さ眠っていたのだろう。




 わたしは、誰?



*****



「吾はいい、せめて娘だけは」
「お願い、この子は助けて、どうかお慈悲を、このゆ……………」


 ざざざ。
 水が水が水が水が。苦しい苦しい。
 ざざざざざざ。



「―――――、母さま……」



*****



 路傍に塚あり。異形の神あり。
 ……神も昔は人なりき。


「汝等、我が恩を忘れしか。……それでも我を殺すのか」
「矢張り……、終に此の村の民にはなれなんだか……」
「儂は真摯に約束を守った。精一杯の好意と誠実さを示した。それなのに。そんな儂を騙したのか。あの言葉も、あの約束も……、最初から皆嘘だったのか……」


「……は候ふか。古き盟約により、速やかに罷出でて御共に候へ」
「村を守る為じゃ、堪えてつかわさい」


 彼方より、来たるものあり。
 そは山の神、行疫神、得体の知れぬ荒き神。
 ―――神、人を喰う。



 いや、……違う。そう、人、人を……。



*****



 かの地に五月蠅なす悪しき神あり……。

「我等は古より此の地に住まう者。如何に力を以て臨もうとも無駄なこと」
「この産土の誇りに懸けて、我等最期まで抗わん。たとえ如何なる汚名を着ることになろうとも」


 影や道禄神、十三夜の……。
「可哀想だがこれも掟だ。堪忍な」
後に残るは、竃の神に若葉の魂……。


 ……無類の惨虐を標榜して、外より来たり侵す者を折伏する趣旨に出たものらしく、しかもそれは……。


「情けなしとよ客僧達……。偽り非じと言いつるに。鬼神に横道無きものを……」



*****


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