今月の御言葉

○平成18年8月

慧音先生 手のうへにかなしく消ゆる螢かな


  手のうへに かなしく消ゆる 螢かな
          向井去来『去来発句集』


堅苦しい歴史家 闇に蠢く光の蟲
上白沢慧音 リグル・ナイトバグ


上白沢慧音 :……………かなしく消ゆる螢かな。
:これは亡き妹への追悼の句だな。作者は向井去来、松尾芭蕉の高弟だ。彼の句集『去来発句集』及び山本荷兮篇の『阿羅野』(『曠野』とも)にあるものだ。『去来発句集』の前書きには「妹千子(ちね)身まかりけるに」、『阿羅野』には「いもうとの追善に」とある。かけがえのない兄妹だったのだろうな………。
リグル えー、暗ーい。螢が消えちゃう言葉なんて縁起でもなーい。
上白沢慧音 :騒がしいな。ああ、お化け螢か。
:全く何を言っているのだか。螢は儚いもの。だからこそ美しく、皆にも好かれているのだぞ。螢二十日に蝉三日などとも言うだろう。まあ、蝉よりはましということだ。
リグル :私は儚くなんか無いよ。光だって眩しいくらいに、こうやって………。
上白沢慧音 :そなたは化け螢だからな。でも所詮は一面ボスだから。
リグル :そうそう、「兄ちゃん、螢何故すぐ死んでしまうん?」って、うぎゃあああああ。
:――――――――――――。
上白沢慧音 :―――――。静かになったかな?
:向井去来(慶安四年〜宝永元年)(西暦1651〜1704年)は蕉門十哲に数えられる、芭蕉の弟子の一人だ。長崎出身で京都に住んでいた。彼の一家には学者や俳人が多く、彼自身も各種の武芸学芸、特に天文・暦数を修め、一時は堂上家に仕えていたという。高潔篤実な人格者であり、多くの人に慕われたそうだ。作風も師の芭蕉の教えに忠実だとされているな。今も残る彼の嵯峨の別荘、落柿舎へは芭蕉が来訪したこともある。元禄四年(西暦1691年)、野沢凡兆と共に蕉風俳諧の最高峰『猿蓑』の編纂を行ったことでも有名だろう。
:妹千子も俳諧を嗜んでいたようだ。貞享三年八月、彼は伊勢へと旅行しているが、そのとき千子も同道している。商家の清水藤右衛門に嫁し、一子をもうけたが、元禄元年(西暦1688年)五月十五日に死去したのだ。まだ二十代だったとも言う。
リグル :えー、暗ーい。………あれ、何の話をしていたんだっけ?
上白沢慧音 :……………。
:去来の句は千子の辞世の句に唱和したものだ。彼女の句は「もえやすく又消えやすき螢かな」だ。
:大切だった妹を掌中の儚い螢に喩えた句。………深い悲しみが伝わってくる句だな。
:因みに、彼女の死に対し、芭蕉も「なき人の小袖も今や土用干」の句を贈っている。
リグル :湿っぽいなあ、もう。
:でも、螢は和歌やら俳句やら、文学にたくさん取り上げられているよねー。
上白沢慧音 :そう、儚さを象徴するばかりでなく、静かに燃える思い、恋の炎の喩えとしても良く用いられているな。加えて自然の持つ生命力の象徴でもあるのだ。
:文学だけではない。我が国を含めた東洋では螢に関する伝説は数多いのだ。
:まあ、西洋でも様々な出来事を、その光り方で予告するなどと伝えられているがな。
リグル :ほーたーるのひーかーり、まどのゆーきー。
:でもね、ただの螢じゃあ何万匹集めても本は読めないよ。
:私みたいに力を持ってないとね。人間を惑わす光!、ほらほら、まるで地上の星みたいに………。―――あっ、別に人間に危害を加え………、きゅー。
:――――――――――――。
上白沢慧音 :…………………。
:「蛍雪」は苦学の喩えだな。そしてスコットランドの送別歌“Auld Long Syne”の旋律を用いた「蛍の光」は別れの歌の定番になっている。
:螢の伝説についてだが、有名なのは源三位頼政が宇治で平家に敗れ、螢となったというものだろう。螢合戦もこれに関わって語られるな。小泉八雲『骨董』内の「蛍」には様々な文学に登場する螢や伝承、当時の風俗などが記されているぞ。
:かつては螢狩りが夏の風物詩だったが、今ではそれも珍しくなってしまったな。
リグル :暗ーい。大丈ー夫だって。幻想郷では私がいるし。むしろ螢は増えてるよ。
:ん、あれ?、何でこんな話をしてるんだっけ??
上白沢慧音 :…………………………。
:ま、東洋では主に光る成虫、それも飛翔する雄ホタルが注目された訳だ。だから普通に螢と言った場合は、この光りながら飛ぶ虫を指す訳だな。だが、西洋では飛びまわる雄の出す光が弱かった為か、地上にいる幼虫や雌の方が注目されたのだ。西洋の種は地上の雌が強く光るのだ。
:例えば英語で螢を表す語には“firefly”と“glowworm”とがあるのだが、歴史的に見てみると、glowworm系の名が本来の様だ。そしてこの“glowworm”とは「光る蛆」の意味なんだ。
リグル :うんうん、こっちの主要な種類、ゲンジボタルやヘイケボタルでは成虫が強く光るけどね。でも一応水中の幼虫やら地上の雌も光るよ。自分で言うのも何だけど、幼虫やら雌やらは結構キモいよ?大体、光る蟲なんて、大概はキモイの。
上白沢慧音 :そうだな、我が国で言う樹上で毛虫やヤスデが光るという話は、実際にはマドボタル類の幼虫のことだな。こういう地上で暮らす螢の雌や幼虫のことを、一般に土蛍(つちぼたる)と称するのだ。ん、そういえば“firebug”という言い方もあったな。
:そういえば、フランス語でホタルは“ver luisant”(ヴェール・ルイサン)、「輝く虫」という意味だ。こう言い換えるとなんだかお洒落だな。
リグル :ふーん。
:………で、何の話をしてるんだっけ??
上白沢慧音 :(ムッ)………………………………。
:………こうしたホタルの光は化学反応なのだ。ルシフェリンという発光物質を酸化させることで発光している。この時働いている酵素をルシフェラーゼという、そして何とこの反応では熱は発生しないのだ。ルミネッセンス(冷光)というやつだな。それにしても自然の仕組みとは良くできているものだ。
リグル :えーと、あ、そうか。光る蟲はキモイという話ね。
上白沢慧音 :……………まあ、そういえないこともないが。
リグル :(ニヤニヤ)
上白沢慧音 :??。何が嬉しいのだ?
リグル :ほら、お互いキモイ同志?
上白沢慧音 :(怒)
:貴様は公式、私はキモくない!!!
リグル :あっちの水は甘いかな〜?
:………ん〜?。あれ、人間の里のワーハクタク、こんなところで何やってるの?
上白沢慧音 :(このお馬鹿螢………)
リグル :え?、何で何で〜?。何で怒っているの?
上白沢慧音 :(ゴゴゴ……………)
リグル :って、ふぎゃ〜。
:――――――――――――。




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