月の民 八意永琳

月之民

 月之民       古来太陰に 不死の薬之有りといふ
  亦 月をながく見居れば 月の民の
  まねきて 命ちゞむるといふ
  生死転変 如何なることにやと
  夢のうちにおもひぬ
 月の頭脳こと、八意永琳師匠です。
 
 姫の保護者にして暴走気味の薬剤師さんですね。
 八意の名を持つ天才ですが、どうもナントカと紙一重の感じがなきにしもあらず。

 とまれ、彼女は『竹取物語』の重要なモティーフである、月と不死の薬とに関わる様々な象徴ともつながりを持っているようです。
 月に不死の薬があるという説話は古来有名なようで、中国の嫦娥(こうが)奔月の伝説などを原典とし、我が国でも『竹取物語』を始め、既に平安時代の『宇津保物語』、『古今和歌集』などの文学作品に引かれています。嫦娥(※本来[女亘]娥と表記したが、後に皇帝の名前の文字に避ける為に嫦の文字を充て、漢字に引かれて“じょうが”の読みも生まれました)の物語はこれまでもこちらで触れたので、今回は割愛します。
 このように月と不死とが結びつけられて語られる一方で、月を見ることを忌む習俗も有ったことが知られています。『竹取物語』にも「月の顔見るは忌むこと」とあり、『後撰集』や『源氏物語』にもそうしたことをうかがわせる部分があります。今回の絵の元ネタの『絵本百物語』の「桂おとこ」にも「月を見て命をちゞめ、月をながめてみの老をなげきたるうたかぞへがたし。からの詩にも、月に対して愁ひ、月をみて命ちゞむる、と云意のあること筆に尽しがたし」などとあります。おそらく満ちては欠ける月は、生と死の双方を象徴するものであったのでしょう。豊饒と死と月についてはこちらで少し触れました。

 また、彼女は衣装は赤と青ですが、これは動脈静脈の色とも、聖母マリアの色とも見ることができます。まあ、あの看護師風衣装には八卦図やら星宿図らしい模様もあって、実体は謎ですが。弓を持っていると言うことでは月の女神ディアナ(アルテミス)とも重なります。この女神は処女性という点で聖母マリアと重ね合わされることもあるようです。
 弓と言えば、弓矢を用いた魔除けの作法に鳴弦や蟇目と呼ばれるものがあります。鳴弦の法では弓の弦を鳴らし、蟇目の法では弦を打ち鳴らし音を発する鏑矢を射ます。この時用いるの鏑も蟇目と呼ばれます。響き目転じて蟇目とも、穴の形状がヒキガエルの目を象っているから(滝沢馬琴『椿説弓張月』による)とも言います。蟾蜍といえば兎と並んで月に棲んでいるとされる生き物です。一説に不死の薬を持って月へと昇った嫦娥が変じたものとも言われます。……この辺はこじつけですが。

 さて、久々の更新となりました。これで自機キャラクターを除いた永夜抄登場キャラクターは全部終わったかな。ま、自機除いてる時点で駄目駄目な感じですが。
 先述しましたが、絵は『絵本百物語』の「桂おとこ」を元にしました。実際の絵は雲が人の形をしているというものです。月には桂の木とそれを刈る男が棲んでいるという中国の伝説と、月を見ることを忌むという風習を元にしたものなのでしょう。タイトルを「桂おんな」にしようかとも思いましたが、桂女では違う意味になってしまいますからねえ。

 夫を裏切って月へと逃れたと伝えられる嫦娥ですが、月では孤独で罪を悔いているというという話もあります。唯独り地上に降りた月の姫、仲間を裏切ったたった独りで逃れてきた兎。……永遠亭で形作られた疑似家族は彼女達の孤独を癒すことはできたのでしょうか。
 さて、永琳師匠の矢の先にあるものは……?


参考文献
  竹原春泉『桃山人夜話 絵本百物語』角川文庫2006
  阪倉篤義校訂『竹取物語』岩波文庫1970
  袁珂『中国神話・伝説大事典』大修館書店1999
  荒俣宏『世界大博物図鑑』平凡社1990
  鎌田正・米山寅太郎『漢語林』大修館書店
  国史大辞典編集委員会編『國史大辭典』吉川弘文館1979
 ほか


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