妖怪書類纂 −妖怪学ブックガイド−

 0.緒言
 1.柳田國男著 『妖怪談義』
 2.小松和彦著 『妖怪学新考』
 3.岩井宏實監修・近藤雅樹編 『図説日本の妖怪』
 4.宮田登著 『妖怪の民俗学』
 5.鳥山石燕画 『画図百鬼夜行』
 6.小松和彦著 『憑霊信仰論』
 7.村上健司著・水木しげる画 『日本妖怪大事典』
 8.鬼の本
 9.河童の本
 10.怪談集・説話集





0.緒言

 私がこれまでに読んできた妖怪に関する書籍を紹介します。私は専門家ではないので、一般的なものですが、何かのきっかけにでもなればと考えています。


  「書物は世界を封じ籠めた函。読書はその封印を解く行為となります。読書とは、異界を呼び起こすための呪術に外ならないのです」(京極夏彦)

                     ***


1.柳田國男 『妖怪談義』

 初めに紹介するのは柳田國男の『妖怪談義』です。柳田は周知の通り、日本民俗学の先駆者です。彼は日本の民間信仰の一部として、妖怪に対して興味を持ち、当時は迷信として撲滅の対象となっていた妖怪を民俗学の対象として捉えることを主張しました。柳田は妖怪研究の意義を説き、また幾つかの理論的妖怪観を示しました。民俗学において通説となっていた妖怪の神零落説もそうした彼の妖怪観の一つです。
 『妖怪談義』(昭和31年)は、昭和初期までに柳田が発表した妖怪に関する文章をまとめたものです。特に妖怪研究の意義や彼の妖怪理論に言及した「妖怪談義」(昭和11年)は重要です。他にも「妖怪古意」を始め河童や一つ目妖怪、大人弥五郎などについての論考では、民俗学上重要な課題が的確に指摘されており、今日でも刺激的な内容であると思います。
 柳田の妖怪に関する理論については、限界があり、今では一部修正されたり乗り越えられている点もありますが、日本の妖怪学の出発点ということで、現在でもこの本を読む意義は充分にあると思います。

 柳田國男が提示した仮説のうち、重要なものには上記の零落説の他にも“妖怪と幽霊の区別”といったものもあります。それは今日まで民俗学で広く認められてきた定義になりました。ただし、最近では幽霊も怪異の一部、つまり生前の姿で現れる死霊として、妖怪の下部カテゴリーとする研究者も多いようです。

                    ***

 また、柳田を妖怪研究の先駆者と述べましたが、最も早く妖怪を「学問」として扱った近代人としては哲学者井上圓了を挙げなくてはならないでしょう。彼は「妖怪博士」として知られ、妖怪現象の科学的解明と迷信に対する啓蒙活動を行いました。井上は合理的な解釈により、迷信的な妖怪(井上は仮怪と呼んだ)の撲滅を図ったのである(なお、それでも残る不可思議なるものを井上は真怪と定義しました。例えば生命そのものなどです)。このような井上の活動「妖怪学」へ対抗する形で柳田らの妖怪研究はスタートしたと言えます。

 ちなみに、『妖怪談義』にはいくつもの版があります。講談社学術文庫版が最も手に入れやすいかと思いますが、巻末の解説はいまいちな気がします。筑摩文庫の全集版では「一つ目小僧その他」と一緒になっているので図書館などで借りるときは便利です。巻末解説も詳しい。全集版はいずれも重くて大きいのが難点です。

                     ***
●書誌データ
 柳田國男『妖怪談義』(講談社学術文庫、1977)(一例、原著は1956)


妖怪談義


2.小松和彦 『妖怪学新考』

 我が国の妖怪に関する民俗学的研究は、柳田國男以来、彼の定義や理論(神零落説)に沿う形で進められてきました。しかし、それは過去の民間信仰の復元作業の一環としての意味合いが強く、妖怪自体の研究はあまり進展しなかったと言えましょう。そこに一石を投じ、今日の妖怪学の隆盛の先駆けとなったのが著者小松和彦です。
 本書『妖怪学新考』は『日本民俗文化大系』(小学館1983)の「神と仏」(第四巻)における小松の論文「魔と妖怪」を基礎とするものです。小松は妖怪が神の零落したものという理論に疑問を提示し、新たな枠組みの形成とより深い研究の必要性を主張しました。妖怪概念の再考や資料の扱いなどでもそれまでと異なる画期的な提案を行いました。一連の小松の研究は、それまで柳田の影響から逃れられず、謂わば停滞していた妖怪研究の突破点の一つとなったといえましょう。その画期的な考え方がよく示されているのが本書といえましょう。
 例えば小松は妖怪は神の零落として一方向に移行するものではなく、祭祀される存在/祭祀されない存在、として始めから併存していたものと考えます。また民間伝承を偏重したり、妖怪を過去の神信仰の復元の素材として見るこれまでの民俗学的手法を批判しています。それまでの研究の在り方とかなり異なる見解だったと思われますが、現在の方向性はほぼ彼の考え方に沿ったものとなっているのではないかと思われます。
 この本を読めば、これまでの研究の問題点や、今日の妖怪学の方向性について基本的なことは押さえられると思います。参考文献も掲げられていますし、読みやすく有用な書と思います。

 本書の原型ですが、先に述べた「魔と妖怪」に加え、「変貌する現代人のコスモロジー」(1989)という論考があります。「変貌する...」が第一章に、「魔と妖怪」が第二章に当たります。第一章では、妖怪などの超越的存在を生み出す日本人の考え方、あるいはその背景となるランドスケープについて論じ、第二章では魔や妖怪という日本の文化に於ける負の性質を付与された存在について、その性質や構造について論じています。
 本文中でも述べられていますが、小松の研究の基本となっている考え方は、「妖怪学は人間学である」ということだと思われます。つまり、妖怪という存在を考えてゆくことで、日本人の信仰や習慣、ものの考え方など、様々な精神的活動を解き明かしてゆくことができるという訳です。そしてそれは、現代の文化理解にも繋がるものではないかと思います。

                     ***

 小松和彦は現在の妖怪学研究のスター研究者の一人だと思います。今日の妖怪人気のきっかけを作り、そしてその一端を担ったと言っても良いでしょう。御一読をお薦めします。

                     ***
●書誌データ
 小松和彦『妖怪学新考』(小学館1994)(2000年に新書版出版)


妖怪学新考


3.岩井宏實監修・近藤雅樹編 『図説 日本の妖怪』

 『図説 日本の妖怪』は、河出書房新社が刊行している図説シリーズの一冊です。表紙に大きく提灯於岩の絵を配したこの本を、目にしたことがあるかも知れません。カラー図版も豊富な楽しい本です。

 この本は、昭和62年(1987)に行われた兵庫県立歴史博物館の特別展「おばけ・妖怪・幽霊……」の展示図録や、展示品に関する新聞連載記事を元にしたものです。本文中の解説論文も、岩井宏實、近藤雅樹、小松和彦といった民俗学・妖怪学の著名な研究者によります。その内容も妖怪存在の概論から、鬼や河童、憑き物といった個別の妖怪論、古代中世の妖怪や近世以降の絵画資料の妖怪など各時代の特徴、疫神送りや現代の怪異に至るまで、極めて多様です。
 絵巻や浮世絵から神像・人形、護符や絵馬、根付けなど、様々な種類の図版も掲載されています。眺めているだけでも楽しめます。おそらくどこの図書館でも置いてあると思いますので、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

                     ***
●書誌データ
 岩井宏實監修・近藤雅樹編『図説日本の妖怪』(河出書房新社1990)


図説日本の妖怪



次の章へ



東方民譚集へ

文蔵へ

表紙へ戻る