妖怪書類纂 −妖怪学ブックガイド−(承前完結)

 0.緒言
 1.柳田國男著 『妖怪談義』
 2.小松和彦著 『妖怪学新考』
 3.岩井宏實監修・近藤雅樹編 『図説日本の妖怪』
 4.宮田登著 『妖怪の民俗学』
 5.鳥山石燕画 『画図百鬼夜行』
 6.小松和彦著 『憑霊信仰論』
 7.村上健司著・水木しげる画 『日本妖怪大事典』
 8.鬼の本
 9.河童の本
 10.怪談集・説話集

7.村上健司著・水木しげる画 『日本妖怪大事典』

 本書は妖怪事典の一種です。妖怪に関する事典形式の本は数多く出版されています。対象年齢も、内容も千差万別のようです。中には随分適当なのもあるように思われます。選ぶ際には、著者や参考文献の内容など、注意が必要だと思います。

 この事典ですが、水木しげるの画が付いていることからも予想されるかもしれませんが、所謂小松和彦、水木、京極夏彦、多田克己らの系統を引く編著者による事典です。この面々から、おそらくこの事典のスタンスは了解されることでしょう。まあ、サイズは小さいものの、かなりの数の水木妖怪が見られるというのは嬉しいところです。あ、夜雀とかも絵入りで載ってます。

 記述内容に関して見てみましょう。日本の妖怪については、おそらくこの事典に網羅されていると言っても良いのではと思います。各地の、そして伝承・文芸・創作関わらずに多くの妖怪種目が掲載されています。各解説についても、伝承が確認できないものについては、きちんとそう述べて、子供向けのものによくあるように適当に創作された性質を加えたりしていないと見られるのも好感が持てます。例えば、「おとろし」とか「わいら」とかについては、姿は割と有名ですが、実際はその性質や特徴についてのきちんとした伝承は無いのです。ちなみに、水木しげるの妖怪画もはっきり言って、水木流解釈による一種の創作です。
 また、伝承などの情報に関して、出典が明記されているのも素晴らしいのではないかと思います。そこから原典を辿ることが出来ますからね。事典ならそういうところが大事だと思う訳です。

 この装丁に対して少し値段が高い気がしますが……。手元にあれば便利だけど、よく行く図書館にでもあればそれで良いかとも思います。とにかく、妖怪事典としてはお薦めの一冊です。

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●書誌データ
 村上健司編著・水木しげる画 『日本妖怪大事典』(角川書店2005)


日本妖怪大事典



8.鬼に関する本

 この項目紹介するのは“鬼”に関する書籍です。これまで総論的なものを主に紹介してきたので、少し違う各論趣向で行きたいと思います。

 鬼は極めて有力な妖怪であり、扱われる伝説・文献も数多く、研究書もまた数多く刊行されているようです。今回は書籍のうち、代表的なもの、私が面白いと思ったものを幾つか紹介します。

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 ●馬場あき子鬼の研究』(ちくま文庫1988)※
  :総合的な鬼の研究書。各種の文学作品に現れる鬼を辿り、その変遷を描き出しています。いささか理想化されすぎているきらいもありますが、非常に良く纏まった本だと思います。なお、この本では、中世の天狗も一種の“鬼”として詳しく語られています。

 ●田中貴子百鬼夜行の見える都市』(ちくま学芸文庫2002)※
  :この本も王朝時代に注目し、人の心情から鬼の生じてくる過程を描き出します。また、百鬼夜行の怪異の意味と、都市に生じる怪異との関連からの考察は非常に興味深いものです。王朝時代の百鬼夜行と、後世に(付喪神の形象を取って)描かれた百鬼夜行絵巻との差異という視点もこの著作で初めて知りました。

 ●佐竹昭広酒呑童子異聞』(岩波同時代ライブラリー1992)※
  :酒呑童子の研究書。中でも伊吹童子系と呼ばれる説話(絵巻)を元に考察を進める。酒呑童子が元は「捨て童子」であったかもしれないことや、龍神信仰(伊吹明神・弥三郎伝説)との関わりなど、“鬼”伝承の生成過程に迫る研究成果が記述されています。本書に掲載されている酒呑童子に関する以外の論考にも面白いものがあります。

 ●『日本「鬼」総覧』(新人物往来社1995)
  :鬼についての小論考や解説をまとめたもの。日本全国の“鬼”や“鬼”に関する各種の解説など、ちょっと読むにはふさわしい。興味がある所をつまみ食いするだけでも結構楽しい。文献一覧も付いてます。

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 現在ではその妥当性に疑問があるものの、後世に大きな影響を与えたという意味では折口信夫の論文「春来る鬼」二偏(1931,1934)も、目を通しておくべき文献かもしれません。当該論文は『折口信夫全集』(17巻、中央公論社1996)に収められています。

  ※初版はもっと古いです。


鬼の本



9.河童の本

 河童は誰もが知っている代表的な妖怪です。そんな訳で、妖怪を多数集めた書籍にはほぼ確実に載っている筈です。そこで、ここでは河童を主題に据えた著作を紹介しようと思います。

 まずは古典的研究から紹介してゆこうと思います。実は江戸時代の本草学者たちがかなり熱心に研究を行っていたらしいのですが、ここでは近代以降のみを扱います(近世の文献は読むのも大変ですし)。
 と言う訳で、柳田國男折口信夫、柳田の説を受けた石田英一郎の研究がその代表的なものでしょう。流石に現在から見ると問題がある部分もありますが、近代における河童研究に先鞭を付けた画期的なものです。

柳田國男河童駒引」『山島民譚集』(初出1914)(筑摩書房ほか)
柳田國男妖怪談義』(刊本多数)
  (「川童の話」「川童の渡り」「川童祭懐古」「盆過ぎメドチ談」が該当)
折口信夫河童の話」(初出1929)(『折口信夫全集2』中央公論社1965)
 :柳田、折口の見解は長く民俗学での定説となりました。大雑把に言えば、河童は遠く古代の水神信仰に連なるというもので、所謂“神の零落説”に基づいた考え方といえましょう。

石田英一郎河童駒引考』(筑摩書房版1948)(岩波文庫1994:新版)
 :河童駒引伝説を、ユーラシア大陸文化史における水神と動物との関係の中に位置付けたもの。世界中の水に関わる神話や伝説を知ることができますが、“河童”の解析という面ではやや物足りないかも知れません。

 その後も、日本の民俗学において河童は、基本的に柳田の“零落説”に則る形で理解されてきました。その集大成とも言えるのが次に挙げる石川純一郎の著作です。

石川純一郎河童の世界』(時事通信社1974)

 しかし、その後研究が進むに順い、こうした見方にそぐわない伝承も数多くあることが分かってきます。そして、古典的研究を乗り越える形で、新たな研究が発表されるようになります。その代表的なものを次に挙げます。

アウエハント鯰絵』(せりか書房1979)
 :河童を構造的に解析し、トリックスター的存在として位置付けています。また、彼の本では河童に加えて、要石を含む石への信仰や鹿島神、隠れ里や常世など多様なテーマが扱われており、中々面白いと思います。

中村禎里河童の日本史』(日本エディタースクール1996)
 :河童イメージの歴史的な変遷を考える際に、中村の研究は大変興味深いものです。これまで河童が古くから持っていたと漠然と思われていた性質が、実はそうではなかった、あるいは河童の図像は如何にして流布していったのか、など、とても刺激的な内容です。河童を語る際には、是非読んでおきたい本です。
 
 また、これまでの研究の概要を知りたい場合には、小松和彦編の『怪異の民俗学』3巻河童(河出書房新社2000)も良いかもしれません(上記の論考の一部も収められています)。
 小松自身のの河童論はあちこちに断片的に語られていて、一度に読むのは難しいのですが、『異人論』(青土社1985)あたりが手頃でしょうか。
 また、兎に角河童の出てくる伝承が知りたい場合には、和田寛河童伝承大事典』(岩田書店2005)という、ひたすら全国の類話を集めたものもあります。リンクにある、妖怪データベースも良いです。なお、柳田國男の『遠野物語』にも河童が登場する話が収録されています。

 また、京極夏彦の『塗仏の宴−宴の支度−』(講談社1998)の中に収められた「ひょうすべ」の中で、河童(ひょうすべ)について京極堂が解説する部分があるのですが、結構解りやすくて良いのではないかと思います。説明部分だけでも読んでみたら如何でしょう?
 ちなみに、芥川龍之介の「河童」を読んだ方はお気づきでしょうが、芥川は柳田の河童論(おそらく『山島民譚集』)を読んでいたようです。

 河童は人気がある妖怪でもあることからか、関連する書籍も数多く、ここで紹介したのはそのごく一部にしか過ぎません。また、数が多い分、思い入れが強すぎて内容が怪しいものもありますが、その妥当性は何冊か読み比べてみれば、何となく分かってくるかと思います。

 最後に河童を扱う近代小説も挙げておきましょう。これも数多いので、古典的なものを。

 ○芥川龍之介河童」(刊本多数、初出1927)
 ○泉鏡花貝の穴に河童の居る事
     (川村二郎編『鏡花短編集』岩波文庫1987ほか、初出1931)


河童の本



10.怪談集・説話集

 最後の本項では、妖怪譚を含む様々な怪談奇談を紹介したいと思います。古典から近代までの有名どころを挙げます。最初は現代語のものが取り付きやすいですが、古風な文体も良いものです。

                    ***
1)古典
●『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』(刊本多数)
 :言わずと知れた中世の説話集。芥川龍之介の歴史小説の出典としても有名ですね。『今昔物語』は十二世紀、『宇治拾遺物語』は十三世紀の成立とされる。天狗の話多し。宇治の方がやや通俗的。

●高田衛編・校注『江戸怪談集』(全三巻)岩波文庫1989(現在絶版)
 :江戸期の怪談集からの抄録。出典はこれだったのか、と思う有名な話も結構含まれてます。出典は『宿直草』、『奇異雑談集』、『因果物語』、『伽婢子』、『諸国百物語』、『百物語評判』など。古文ですが、一話一話は短いので読みやすいと思います。図版あり。

上田秋成雨月物語』(刊本多数)
 :これも説明不要。漢文調の美文が素晴らしい。ぜひ原文でも読んでもらいたい一冊です。

根岸鎮衛(長谷川強校注)『耳袋』岩波文庫1991(鈴木棠三編註の東洋文庫版もあります)
 :江戸時代の随筆。様々な怪異譚が書き記されています。都市伝説風の記事もあり面白い。

 この他、説話文学としては『日本霊異記』や『古今著聞集』、『神道集』、また『平家物語』、『太平記』などにも怪異譚が収められています。同じく、謡曲や江戸期の随筆にも数多くの怪異譚があります。謡には神や鬼、天狗が登場しますが、その文章が美しい。

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2)近代作家
小泉八雲ラフカディオ・ハーン
  ●「鳥取の布団の話」、「耳無し芳一」、「むじな」等
 :この人も説明不要ですね。何れも誰でも知っている有名な怪談です。東方ユーザにはなじみな人。

泉鏡花
  ●「高野聖」、「草迷宮」、「天守物語」等
 :目眩く様な言葉の世界。美しく切ない鏡花の幻想世界は怪異譚の一つの到達点かと。

岡本綺堂
  ●「青蛙堂鬼談」、「西瓜」、「白髪鬼」等
 :修善寺物語で有名な作家。怪談が非常に上手。小学生の頃、子供用のアンソロジーに掲載されていた話に衝撃を受けました。本当に怖かった。雰囲気に濃厚に江戸を感じます。

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3)アンソロジー
 手っ取り早く、多くの怪談(妖怪)に触れる事ができます。

今野圓輔日本怪談集 妖怪篇』(上)、(下)中公文庫1981
 :柳田國男門下。妖怪の神零落説に基づいて記述されています。
柴田宵曲妖異博物館』青蛙房1963
 :江戸期の随筆に記された怪談を項目別に採録。
須永朝彦編『日本古典文学幻想コレクション1 奇談』国書刊行会1995
 :古典の現代語訳。
百目鬼恭三郎奇談の時代』朝日新聞社1978
 :分野ごとに分けて様々な怪談奇談を収集。読みやすい。実は馬場あき子『鬼の研究』に関する批判が掲載されているという点でも重要。
田中貢太郎日本怪談全集』(全四巻)
   桃源社1974(抄録版『日本の怪談 上下』河出文庫1985-86)
 :古典、聞き取り、創作が混在しているようです。各話はやや陰鬱。

 なお、松谷みよ子の民話研究の書籍も怪談集として読む事もできます。アンソロジーは妖怪ブームの昨今、様々な種類が出版されています(『書物の王国』とか『現代怪談集成』とか)。編者によって傾向があるので、気に入ったものを選べばよいかと思います。


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