今月の御言葉

○平成18年3月

慧音先生 西行法師の歌



 願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ

                   西行法師『山家集』

華胥の亡霊 歴史と知識の半獣
西行寺幽々子 上白沢慧音



上白沢慧音 :さて、これはもう語り尽くされたであろう、極めて有名なくだりだな。
       いまさらという感じは否めないが、やはりこの季節になったらこの話題
       には触れておきたいのでな。
       「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」
       言うまでもないが、これは西行法師の作、彼の辞世とも呼びうる作品だ。
       まあ、詠んだ時期そのものは死ぬよりもずっと前なのだがな。
       彼の歌集である『山家集』の春歌「花のうたあまたよみけるに」の部分
       にある。この歌については………
西行寺幽々子:いかでわれ、此世の外の思ひ出に、風をいとはで花をながめむ
上白沢慧音 :!これはこれは、白玉楼の主殿ではないか。
       ……また顕界をふらふら遊び回っているのか?
西行寺幽々子:御挨拶ねえ。まあ、春眠暁を覚えない春だし、別に良いんじゃなくて?
上白沢慧音 :……何を言っているんだか意味が解らんのだが。
西行寺幽々子:だからね、この前妖夢が何だか世話になったらしいので、そのお礼を言
       いに来たの。

上白沢慧音 :ん、そうか。それはわざわざ済まなかったな。
西行寺幽々子:妖夢は真面目すぎるからねえ。……あら、貴女もそうかしら?
上白沢慧音 :色々大変そうだったがな。主がナニでアレだとな。
西行寺幽々子:むー。紅い館のメイド長のこと?そうねー、大変そうよねー。
上白沢慧音 :……………。
       ま、丁度良い所に来てくれた。西行法師の生涯やその業績については、
       私よりそなたの方が相応し―――――。
西行寺幽々子:あー、このお菓子、美味しそー。貰って良いかしらー?
上白沢慧音 :人間の里のものだが、かまわないぞ。で、彼の人生においては―――。
西行寺幽々子:お茶、淹れて貰えないかなー。
上白沢慧音 :もう、人の話を聞いていない……。自分で勝手に淹れてくれ。
       仕様がないな、説明を続けよう。この歌の意味は次のようなものだ。
      「願うならば、美しく咲いた櫻の木の下で春に死にたいものだ。それも
       如月(陰暦の二月)の満月のころに」
       陰暦の二月は仲春で櫻の季節である。そして二月の望月、即ち十五日と
       いうのは、丁度釈迦が入寂したとされる日なのだ。
      :仏弟子としての願いと、花と月に抱かれて死にたいという、彼の自然賛
       歌とがうかがえる歌だな。
      :西行法師が、この歌を含む自歌合『御裳濯川(みもすそがわ)歌合』を
       藤原俊成に送ったのが文治三年(西暦1187年)、彼が七十歳の時である。
       そして奇しくもその三年後の文治六年(西暦1190年)の二月十六日に、
       河内国弘川寺において歌に願った通りの入寂を遂げた。これは藤原俊成、
       藤原定家をはじめ当時の知識人達に大きな感銘を与えたらしい。
       また、『新古今和歌集』には彼の歌が九十四首採られ、また巻軸にもそ
       の作が置かれている。こうしたことから、西行法師の名声は歌道と仏道
       の両方から高まり、その生涯は次第に伝説化されていったのだ。
      :そもそも彼は北面の武士で名を佐藤義清(のりきよ)と言った。二十三
       歳で出家、法名を円位また西行と称した。彼には妻と愛する娘が―――。
西行寺幽々子:あー、お菓子無くなっちゃったぁ。
       ねえねえねえねえ、もっとないかしらぁ?
上白沢慧音 :……………。
       そうだな、西行法師は旅の歌人としても知られる。全国を放浪し、歌を詠
       んだ。奥州の藤原秀衡を訪ねたこともあるし、その途中で鎌倉に立ち寄り、
       そこでは源頼朝に会って―――――。。

西行寺幽々子:そう猫!銀の猫!!
       可愛かったわぁ。あれ?どこにしまったんだったかしら?
上白沢慧音 :……………。
       彼は崇徳院の悲劇に心を痛め、讃岐の白峰陵を訪れて鎮魂の歌を―――。
西行寺幽々子:そういえば、最近天狗があちこち引っ掻き回してるみたいねぇ。でも、新
       聞記者だっけ、スケールがちっちゃいわね。私が会った天狗はもっと恐ろ
       しげだったわよ。でもきっと国家反逆罪よね、あれは。
上白沢慧音 :……………。全く、話を聞いているのやらいないのやら。
西行寺幽々子:そうそう、用件があったのよね。忘れるところだったわ。
      :あなた、うちに来る気はないかしら。そろそろ妖夢に家庭教師が必要かな
       って、思ってたのよ。それにあなた半分は白沢なんでしょ。妖夢の病気除
       けにもなりそうだし。そうだ、住み込みでどう?
上白沢慧音 :うーん。冥界に住み込みはちょっとなあ。……遠慮しておこうか。
西行寺幽々子:えー。ほら、古典漢籍、歴史に文学、文献資料だったら腐るほどあるわよ。
       何しろ白玉楼だし。………それに貴女なら家事も出来そうだし。
上白沢慧音 :すまんが、私にはまだ此方で自分で決めた役割があるのだ。家庭教師位な
       らかまわないのだが。
西行寺幽々子:―――――――。
       じゃーん。それでは、インテリな貴女にピッタリのコニウム・マクラツム
       入りのお茶、用意しました〜。さあどうぞ〜。
上白沢慧音 :………猛毒。
西行寺幽々子:あらら、知ってたの。……残念。
上白沢慧音 :……………。
西行寺幽々子:でも、折角だから花見にくらいはいらっしゃいな。
      :紅白やら黒白やら賑やかで楽しいわよ

上白沢慧音 :ふ。春をへて花のさかりにあひきつつ、思ひ出おほき我が身なりけり、か。
西行寺幽々子:花ちらで月はくもらぬ世なりせば、物を思はぬわが身ならまし、ね。
      :私は華胥の亡霊……。輪廻を外れた永遠なるモノ……。でもね。そんな私
       にとっても、私を慕ってくれる剣術指南や大切な親友との一刻は、やはり
       かけがえのないものなの。
      :二度とは無い、たった一度きりの大事な時間―――。
       ………だから、………残念だけど、満開の西行妖を見ることはもう二度と
       無いでしょうけれどね。

上白沢慧音 :!!
西行寺幽々子:……………。
      :やっぱり春が足りないのよ〜。そうだ!紫に頼んで外の世界の春を集めて
       貰おうかしら〜。

上白沢慧音 :………、そうだな、花が見頃になったら寄らせて貰おうか。
西行寺幽々子:そう?楽しみにしてるわ。お土産は桜餅で良いわ。長命寺でも道明寺でも
       どっちでも良いんだけど、出来れば道明寺の方がいいかな。

上白沢慧音 :いいかなって、全く、仕様がない奴だな。
西行寺幽々子:じゃ、お腹空いて来ちゃったし、帰るわね。
      :♪花の下に帰らん事を忘れ水の雪を受けたる、花の袖―――。


   ふわふわと雲を踏んで白玉楼へと帰って行く幽冥楼閣の亡霊少女は、あたかも雲に
   駕して行くように見えた。
    その刹那、上白沢慧音はまざまざと見た。見たこともないほど巨大な、満開の桜の
  老木の幻影を。


 
♪惜しむべし惜しむべし得難きは時、逢ひ難きは友なるべし。春宵一刻値千金、花に清香月に影。



上白沢慧音:説明が中途半端だな。こっちにもう少し詳しく解説しておいた。まあ、周知の
      事だろうがな。
   ●蛇足の説明はこちら


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